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LOVE FOOL・前編

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(俺には関係ないけど)
 魔物は死んだ。
もう済んだ事なのだ。


 宮廷の様な高脚のベッドに、毛足の長い真紅のカーペット。
肌触りの良い寝具に包まれ、すっかり痛みの引いたヴィヴィアンは体を右に左に転がしながら
枕に額を擦る。
何者かの視線に重い顔を上げれば、6つの瞳がこちらを覗きこんでいた。

「お早うございます、ヴィヴィアン様。朝食の準備が整いましたわ」
「お早うございます、ヴィヴィアン様。新しい御召しものが届きましたわ」
「お早うございます、ヴィヴィアン様。湯浴みの準備が出来ていますわ」
 シーツの端に触れるギリギリの距離で横に並び、留まっていたメイド達は魔術師の薄い碧眼に黄色い歓声とため息を漏らす。

 麗しき来客、勇ましき英雄へ。

 職権を用いた会話の口実と共に、自分を売り込む会心の笑顔を注いだ。
本当ならすぐにでも魔物を退治した話を聞きたい処だが、どれだけミーハーであろうとも
彼女達は一流の客室係。
誰一人抜け駆けはせず、貞淑に身を低く保ち注文を待っている。

 煩いが、これこそが正しい待遇。
自分の一挙一動に見惚れる三人を一瞥し、ヴィヴィアンは満更でもない風に自慢の髪を梳く。
さらさらと指の間を流れ落ちる銀糸を日差しに翳し、組んだ手の甲に顎を乗せた。

「…まずは入浴。
それから衣装を選んで朝食、生の植物は食べないから全て軽く熱を通す事。
量は食器に対し三割、多いと食欲が失せる。主食は要らない、それから…」
 温度の欠けた声で用件を告げ、ベッドからすらりと伸びた素足を下ろす。
タオル生地の部屋履きに乗り、大きく両腕を掲げると注ぐ朝日に色とりどりの宝石が反射した。

『…。畏まりました』

 暫く三人は指輪と持ち主の美しいコラボレーションに輝きに目を奪われていたが神経質とも思える細かい注文を記憶に叩き込み頭を下げる。
 正面を向いたまま、給仕ドレスの裾を持ち上げ部屋を後にした。
 全く人目を気にしない横柄な態度は、傲慢な男そのもの。
 彼女達の王子は想像通り麗しいが、少しばかり性格に難が在る様だ。
メイド達はお互いの清楚な面持ちに苦笑を合わせ、廊下の端を左に折れた。

 凹型の建物である館は男性専用、共同、女性専用と区別されている。
 ヴィヴィアンヴァルツの連れであった白魔術師の部屋を覗くと前には従属の少年が、護衛のつもりか扉に背中を傾けぐっすりと寝入り、彼らはまだ起きそうにもない。

 飛行船の出発は正午。
今は無理に入室する必要はなさそうだ。

 交換用のタオルとガウンを抱え、一旦客室フロアを抜けるとフロントから此方に向かい
必死の形相で階段を駆け上がってくる小柄な青年が彼女達を呼び止めた。
 走る勢いで剥がれたフードから長く結った三つ編みが零れ、左右に揺れる。

「すいません!ビビっ…あ…。ヴィヴィアンヴァルツの部屋はどちらですか!?」

「イエソドまでのフライトに同行する迎えの者です」
 苦し気に胸を抑え、はあはあと膝に両手を付く彼を支えながらもう一人の青年が補足をつけ加えた。
女性的な柔らかさが漂う一方とは真逆に、彼は長身で濃灰色の巻髪を片側に結い、眼差しは暗く他人を寄せ付けない雰囲気を持つ。

 無機質に訊ねる彼の藍瞳に魅入られ、メイドの一人がゆるりと出て来たばかりの方角を指さした。
「ヴィヴィアン様でしたらあちらの…」
「有難うございます!」

 使用人をさしおき口早に身を直角に曲げ謝ると彼は言葉を最後まで聞かずに走り出す。
幾重にも重ねたストールを纏い、転がる様に部屋に雪崩込む忙しない後ろ姿をぽかんと見送る。
 それからメイド達は円陣を組み、麗貌の魔術師を訪ねた謎の来客に再び声と妄想を弾ませた。
 示された方向に曲がれば広い間隔で両開きの扉が並ぶ。
早朝の時刻故か、窺おうにも廊下には誰一人見えない。
 部屋の番号を聞き忘れた!と今更ながら慌てふためく後ろから、控え目に立つ彼の友人は当然の様に一番煌びやかな部屋の前に歩み出るとドアをノックも無く押し開いた。

 何かと要領の足りない青年を速やかに補佐するのはいつも彼の役目。

「ごめんね、アース」と肩を落とせば「構わない」と即座に応える。
そうして向けられた微笑に憂いのある面を背けた。

 同乗人の名はブリジットとアース。
 彼…主にブリジットは、ヴィヴィアンの熱心な信者でありアースはそんなブリジットの友人。
 イエソドで暮らしているがヴィヴィアンの言いつけで、イエソドまで直通の飛行船に同乗すべく迎えに来たのだった。
それがアースには不合理で仕方がないのだが。

 ドアを開け踏み込む室内では、立ち昇る湯気が視界を霞ます。
バスルームではなく部屋の真ん中に用意された浴槽と、薄いシャワーカーテンの向こうで彫刻の様な人影が揺らめいていた。
 ブリジットは丸い濃緑の瞳を一層見開き、満面の笑みを浮かべる。
「ビビ!大丈夫!?突然連絡が途絶えて、みんなどれだけ心配したか…!」

 自分が濡れるのも厭わず、入浴の最中であったヴィヴィアンへと抱きつくと手首の利いた平手が彼の額を強打した。

「痛い!」

「ブリジット!迎えに来るのが遅い!」
「ご…ごめ…っ」

 出しぬけに怒鳴られ、ブリジットはぺたりと床に座り込む。
不機嫌な友人に必死で謝るも上手く舌が回らない様子で麗人の顔色を窺う。

 見上げる友人を小突いては泣かすヴィヴィアンに見かね、アースは双方の間に割って入ると
湯船の脇に用意されていたシャツを我儘な頭からすっぽりと被せた。

「謝らなくていい、ブリジットは一生懸命やっている。
それよりお前は服を着ろ、直に船が出る」

「?…船は正午の筈じゃ…」

 シャツから顔を出し、怪訝に訊ねると青年は馬鹿にした様に短く嘲笑を浴びせ、手際良く荷物を纏める。

「私達が乗るのはイエソドまでの直通便。
貸切りなんだから正規の旅客船な訳がないだろう、お前が乗り次第出発する小型船だ」

「!?」

 まさか!?と足元のブリジットに顔を下ろすと彼も済まなそうに頷く。
着替えながら、およそ優雅とは程遠い足音を鳴らし窓の外に身を乗り出す。
正面に見える空港には巨大な豪華客船が停泊していたが、その離れた隅に今にも潰れそうな貧弱な船が半ば傾いて止まっていた。

「あれか…!?」
「…うーん…でもちゃんと飛ぶから大丈夫だよ。帰ろう、ビビ」

「お前の望み通り、一刻も早くイエソドに着くぞ。感謝しろ」

 納得のいかないと不満を喚くヴィヴィアンをアースは全く聞き入れない。
隣でひたすら謝るブリジットを従え、三人はまだ温かく蒸気の残る部屋を後にした。

 客室を抜け大階段の下に見えるフロントでは既に空港からの入国者や出国者が喧騒としながら空いた時間を持て余す。
彼らの様に出発時刻の決まりが無い三人は、鍵を返し通りを挟んだ港に向かう。
 軽い足取りの二人に引きずられ渋々小型船を目指すヴィヴィアンの後頭部に覚えのある哄笑が木霊した。

「おーほっほっほ!何なのヴィヴィアンヴァルツ、あの汚らしい船は!?」

「まるで密入国の船みたいですね、ご主人!」
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨