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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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幕間20分(信洋の章)

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「要にも譜面コピーしたやつ、渡しただろ」
「忘れてきた。でも大丈夫、コードさえあれば」

 湊人の怒りが全く伝わっていないのか、にっかりと笑いながらまた小雪の譜面をのぞく。一応椅子も用意されているが、着席する気は全くないらしい。
 こんな調子でいったいどんなライブになるのか――信洋は途方に暮れてしまった。

                 ***

 リハーサルの時間いっぱいになっても、信洋は路頭に迷ったままだった。

 要の自由すぎる演奏には目からうろこが落ちるばかりだし、湊人はそれに対して「いいかげんにしろ」とずっと怒っている。どうやら今まで彼らを支えてきたドラマーが相当テクニックのある人だったらしく、騎手を失った暴れ馬、高村要をコントロールするほどの技術は湊人にはまだないらしい。

 湊人本人にもその自覚はあるらしく、何度も小雪と信洋にアドバイスを求めてくる。「フロントにとって最良のリズムセクションであるように」と心がけてきた信洋には、「高村さんにあわせます」としか言いようがない。小雪も「ノブにあわせるよ」と言うだけで、解決方法は見つからず、頼りない返答をするたびに湊人が怒る始末だ。

「要はもっとノブさんのハイハット聞けよ!」
「聞いてるよ。まあまあ合ってると思うけど。どう?」

 そう言って要がふりむく。信洋はうなずくしかできない。というのも、それほどずれているとは思えないからだ。ときどきギターのカッティングが表拍からこぼれ落ちることはあるけれど、その微妙に引きずる感じが要らしさを際立たせていて、ファンである信洋としては背筋が震えるほどの快感を覚えてしまう。

「だーかーらーそんなとこで、変なコードさしこんでくるなよ!」
「割といいと思うんだけど、どう?」

 今度は小雪に聞いている。彼女は首をかしげながら困ったように「そうですね。悪くはないですよ」と答えている。信洋に細かいコード進行のことはわからないけれど、やっぱりそう無下にされるほどひどくはないと思う。

 音楽の枠にとらわれない独特のゆるさ加減が「高村要」を形成していることを知っている信洋は、彼が紡ぐ音楽ならなんでもいいと思ってしまう。けれど湊人にはその「ゆるさ」が「怠惰」に映ってしまうらしく、いつまでたっても終着点が見えない。
 果てのない応酬にげんなりしていると、木製のドアから倉泉悠里がひょっこり顔をのぞかせた。

「あのー……まだちょっと早かったですか?」
「そうだね、開店は六時だからあと一時間くらいあるけど……」

 カウンターの中にいた綿谷が言い終わらないうちに、悠里はコートのポケットを探り始めた。眼鏡の中にある可愛らしい瞳が、大きく見開かれている。

「あー私、時間まちごうてるやん! サラ、ルノ、六時半スタートやって。どないしよぉ!」

 そう言って声を上げた途端、うしろから女子高生が二人、店内に押しこんできた。

「悠里のうっかりは今に始まったことやないけど……勇気ふりしぼってきたのに待ちぼうけとかひどすぎひん?」

 髪は黒いがラテン系の面立ちをした女子高生が悠里につめよる。すると最後に入ってきた和風美人の女子高生が悠里の頭をなでるようにして言った。

「サラ、言うてもしゃあないやん。マクドでも行って時間つぶそ」
「わかった。悠里のおごりやで」
「ええーマクドに使ったらココのチャージが払えへんようになるやんか……」

 そう言って財布の中をのぞこうとした悠里と、ふと目が合った。

「やあ、本当に来てくれたんだ」

 混沌とした空気を払拭してしまいたいこともあって、信洋は最大限の明るい声を出した。
 すぐそばに立つ小雪の視線が気になるが、浮気をしているわけでもあるまいし、年下には紳士的に接するに限る、と早歩きしそうな心臓を押さえこむ。

「えっと……堤さん。お言葉に甘えてきちゃいました。でも、うっかり時間まちがえたみたいやし、出直してきます」

 そう言うなり、こげ茶色のポニーテールをふって頭を下げる。その洗練されたお辞儀の作法としゃっきりとした立ち姿に、何か武道でもやっているのかと信洋は思った。

 くるりとふりかえった悠里は、サラ、ルノと呼んでいた友人の腕を引っつかんで戸口に手をかけた。その時、ショルダーバッグに竹刀の革鍔を下げているのが見えた。どうやらあのきびきびとした動きは剣道で培われたものらしい。
 途端に親近感を抱いた信洋は、女子高生相手に爆発しそうな脈動をふりきって立ち上がった。

「もしよかったら、リハーサル聞いてくれないかな」

 そう言った端から、そんなこと言っておいて責任が取れるのか、と自問自答したくなったが、それ以上に一刻も早くこの重苦しい事態から抜け出したかった。

「じつは今日はピアノとヴォーカルが病欠で、代打の方に来てもらってるんだ。でもどうにもかみ合わなくてさ……君たちも音楽やってるだろ? 率直な意見、聞かせてくれない?」

 アンプを切った状態でギターを鳴らしていた要が「ナーイス、ノブくん」とふりかえる。
 悠里たちは目玉がこぼれ落ちそうなほど、信洋たちを凝視してくる。

「私、ジャズとか初めてやし……」
「なんぼドラムやってるゆうても、あたしかってわからんわ。なあ、ルノ?」

 サラというラテン系の女子高生に話をふられた和風美人の子が、ショートボブの髪を揺らして言った。

「お父さんがフランク・シナトラ好きなんで、ちょっとだけ知ってます」

 抑揚の少ない声でそう言うと、悠里とサラが「ええーっ!」と大声をあげた。
 その声に誘われたのか、白いグランドピアノのむこうに姿をかくしていた湊人がひょっこりと顔を上げた。なぜかその整った顔は、この日一番ひどく驚いているようだった。

「おまえら、なんでここに……」
「ああーーーーっ! さっ……坂井くんやん!」

 湊人を指さして誰よりも大きな声を張り上げたのはラテン系の女子高生、サラだった。

「うそやん! あんたこそなんでここにおるのよ! ここはゴージャスな大人の店やろ? ていうかなんでそこ座っとうの!」
「ピアノ弾くからに決まってるだろ」

 驚愕の表情を見せるサラとはうってかわり、湊人の表情はどんどん落ち込んでいく。あいだに挟まれた小雪と信洋はいったい何事かと顔を左右させることしかできない。
 今にもとびかかりそうな勢いのサラの腕を、悠里とルノが両脇からつかんでいる。

「サラ、落ち着き。坂井くんて誰?」
「うちのクラスの坂井くんやんか。てかまあ知らんか。あたしも三年で初めて一緒になったんやから。全っ然目立たへんし、ピアノ弾けるなんて知らんかったわ」

 ルノは同意するようにうなずいていたが、悠里はまっすぐに湊人のことを見つめている。何か気まずいことでもあるのか、湊人は悠里から視線をそらしている。

「……私は知っとうよ。たまに音楽室のピアノ、弾いてるやろ?」

 そう言って悠里がふんわりと笑うと、湊人はそっぽを向いてしまった。

「坂井くんが弾く『ホワット・ア・ワンダフル・ワールド』、すごく素敵やった。お兄ちゃんも好きでよくピアノで弾くねん。お兄ちゃんが弾くから洋楽やと思ってたけど、ジャズの曲やったんやね」