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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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幕間20分(信洋の章)

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「たまにはこういうこともあるよ。武なんか40度の発熱でも本番に出ようとするから、引き留めるのが大変だったよ」

 そういって綿谷は苦笑いをする。

「そう言う点では、あっさり代打を手配するあたりがマナちゃんらしいね」
「その代りの人がまだ来てないんですよね……俺、連絡先も聞かされてないし。小雪は?」

 信洋がそう言うと、小雪はウッドベースをソフトケースから取りだしながら顔を上げた。
 病欠くらいで動じないあたり、小雪らしいとも思うが、淡々と準備をするその姿を見ていると、あわててばかりの自分が情けなくなってくる。

「私も知らないの。有名なジャズレストランに出てる人だから安心してってマナには言われたんだけど……」
「へえ、どこの店なんだろ」
「それが……『ラウンド・ミッドナイト』に出演してるピアニストなんだって」
「ええっほんとに?!」

 信洋が声を上げると、小雪はこっくりとうなずいた。

 大阪のキタにある『ラウンド・ミッドナイト』といえば、大物アーティストが出入りしている老舗ジャズレストランだ。新人の発掘にも力を入れているので信洋も大学一軍バンドのラストライブで出演したことはあるが、もちろんコンボでなど夢のまた夢の話だ。

 そこに定期的に出演しているピアニストとなると、プロか、もしくは将来を見込まれたプレイヤーということになる。

「俺たちで大丈夫なのかな……」
「ヴォーカルはピアニストの人が連れてきてくれるって言ってたけど……まいっちゃったね」

 さすがの小雪も眉を下げている。いつもなら愛美の指示が飛びかってにぎやかになるはずのリハーサルが、二人に重くのしかかってくる。
 信洋も小雪もどちらかというとサポートに回るタイプなので、バンドマスターをやったことがない。積極的に音楽を引っぱったこともない。

 チューニングを始めた小雪の視線が、チューナーではなく出入り口のあたりをさまよっている。彼女の薄茶色の瞳を見つめていると、ふと倉泉悠里のことを思い出した。このまま代わりがこなければ今夜のライブは中止になってしまう。彼女には悪いことをしたな――

 そう思ったその時、勢いよく木製の扉が開いた。

「申し訳ないっ! 途中で道を間違えたちゃったもんで……」

 そう言って息を切らしてかけこんできたのは、今朝ぶつかりかけた天然パーマの男性だった。

「あの時の……」

 腰が痛そうだった人、と言いかけて信洋は口をつぐんだ。

「あれ、どっかで会ったことある? そのおにぎりまゆげ……」
「まったく自分の機材くらい自分で持てよ!」

 天然パーマの男性がぽかんと口を開けながら信洋を指さすと、アンプを持った高校生くらいの人物がうしろから姿を見せた。男性は「たくさん荷物がある」と誇張するように例のギターケースを掲げる。

「いいだろ。おまえ、手ぶらなんだし」
「本番前に俺の指がダメになったらどうしてくれるんだよっ!」
「ちょっとは鍛えた方がいいんじゃない?」
「おまえに言われたくねーよ!」

 アンプを置くなり天然パーマの男性に食ってかかった高校生を見て、小雪が吹き出した。
 男性は首根っこにしがみついた高校生を難なく引きはがすと、頬にえくぼを浮かべて微笑んだ。

「はじめまして。今夜の代打を務める高村(たかむら)です。どうぞよろしく」

 にっこりと笑いながらギターケースを持ちあげる。ギターはそもそも編成になかったはずだと考えていると、彼はそれを見越したように言葉を足した。

「ギターがないと上手く歌えないんで、これも追加ってことで」

 そう言って空中でギターを弾く真似をする。もれだしたハミングに耳が反応する。どこかで聞いたことのある歌声――コンポから流れ出す太く伸びやかな男性の歌声とギターの音色――

「もしかしてギター&ヴォーカルの高村要さん……?」

 信洋があんぐりと口を開けたまま震える指をさすと、彼は「俺のこと知ってるの? 光栄だなあ」と言って右手をさし出してきた。ギタリストらしい弾きだこが指の先にできている。信洋が握手に応えると、要(かなめ)は分厚い手のひらで握り返してくれた。
 信洋は歓喜に満ちた瞳でつめよって言った。

「俺、アルバムも全部持ってるし、ラジオも毎週聞いてるんです! 嘘みたいです、こんなところでお会いできるなんて」
「俺もどっかであった気がするだけど、気のせい?」
「たぶん今朝、俺がぶつかっちゃったんですけど……あのときは高村さんだって気づきませんでした。すみません」

 そう言って伸びの恰好をすると、要は「ああ、あの時の」と言って笑い声を漏らした。
 そこへ高校生が手を振りながら割りこんでくる。

「あやまることないですよ。要ってプロのオーラ全くないですから」

 くだけた話し方に二人は兄弟なのかと思っていると、高校生は頭を下げた。

「マナさんから代打の依頼を受けました、坂井湊人(さかいみなと)です。よろしくお願いします」

 それまでのぞんざいな態度とはうってかわって、丁寧にお辞儀をする。鋭い瞳の中から強い意志が感じられて、信洋は思わずひるんでしまった。

「『ラウンド・ミッドナイト』に出てるピアニストって……君のこと?」
「そうです。高校通ってるんで普段はバックヤードで仕事してますけど、ときどき本番にも出させてもらってるんです」

 そう言ってはにかんだ表情には、たしかに高校生らしい無邪気さが残っている。
 今日は朝から驚いてばっかりだと、目眩を感じた。小雪も面喰ったのか、小さな口を開けたままだ。

「えっ…と、坂井湊人くん、マイナーレーベルだけどCD出してるよね。マナに聞かせてもらったことあるんだけど」

 小雪がたどたどしくそう言うと、彼はあっさりと「はい」と答えた。

「すごいCDなのよ。ベースとドラムのピアノトリオなんだけど、ベーシストが『ラウンド・ミッドナイト』のオーナーさんなの」
「それは豪華な……ようこそ、ブラックバードへ」

 驚きのあまり言葉を失った信洋がそう言うと、カウンターのむこうで夜の開店準備をしていた綿谷が口に手を当てて笑いをこらえていた。

「あっ綿谷さん! 知ってて隠してたんですか!」

 顔を真っ赤にした信洋がそう言うと、綿谷は腹を抱えて笑い出した。

「まあね、湊人くんはうちの常連さんだから。要くんにも何度か出てもらってるよ。その度に道を間違えて、遅刻しちゃうんだよね」

 笑いすぎて、眼鏡の奥にある目から涙までこぼれ出している。「いやーノブくんのリアクション、最高」と言いながら作業に戻ろうとするが、笑いすぎで手がふるえてグラスが握れないらしい。

「綿谷さんが笑い上戸だって……知ってた?」
「紗弥ちゃんから聞いて、多少は」

 小雪も一緒になって笑っている。どうやら仲間外れは自分だけだったようだ、と肩を落とすと、要が背中を叩いてきた。すでにギターを取りだしてセッティングをすませたらしい。

「さあ、やろうやろう。今夜の曲目、なんだっけ?」

 そう言いながらベース用の譜面台をのぞきこむ。突然、距離を縮められたことに驚いたのか、小雪は少し体を引く。するとピアノの前に座っていた湊人が声を荒げた。