小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

からっ風と、繭の郷の子守唄 第71話~75話

INDEX|5ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 


 「で、話って、それは良い話かしら、それとも悪い話かしら?」

 両手でカップを包み込んだ貞園が、美和子の瞳を見つめる。
台湾生まれの庭園は人の気持ちの中へ、躊躇うことなくまっすぐ切り込む。
それを知り尽くしているものの、美和子も思わず苦笑を浮かべる。

 「やはり。面と向かうと照れますね。
 体調が悪いのよ。病院へ行った帰りです。
 お医者さんのお話では順調だそうです。
 あたしにはまだまったく、自覚というものがありませんが」

 「えっ、順調?・・・・もしかして、それって、
 赤ちゃんが出来たってこと?」

 「そう。ついに出来ちゃったみたい・・・」

 「夫婦だもの。できても当たり前の話です。
 そうなんだ。よかったわぁ。おめでとう。ついに出来たのか・・・・
 赤ちゃんが。で、どうするの。康平には。
 黙っておくの、それとも何げなく、知らせてあげるの?」

 「なんだかなぁ・・・
 貞ちゃん。おめでとうの言い方が、他人行儀でそっけないわね」

 「じゃあ、あえて美和子に聞きます。
 美和ちゃんは心の底から、本当に、今回の妊娠を喜んでいるのかしら?」
 
 「あんたはそうやっていつも、平気で、土足のまま
 人の胸の中へずかずかと踏み込みます。
 なんとかならないのかしら。その、無遠慮すぎる性格は」

 店内を流れていたBGMが、いつのまにか変った。
ボサノバのリズムが消えて、哀愁を帯びたギターの音が流れてきた。
コーヒーショップの最大の売りが、マスターが秘蔵している
数多くのLPレコードだ。
常連たちが思いつくまま、マスターにリクェストする。
デジタルが全盛になってしまったこの時代、アナログのステレオから、
温かく心にしみるような響きが流れてくる。

 「何年になるの。あなたが結婚してから」

 「まる6年になる。
 色々あったけれど、今年でもう、まるまる6年目」

 「そう。早いわね、
 わたしのところもダラダラしたまま、もうまる7年目。
 似たようなものね。清純さを失ってからの、女の人生は」

 「30歳を過ぎたもの。産めるときに産んでおきたいし、
 なんだか、分岐点に差し掛かった気がするの。
 どっちつかずのままだもの。
 この先で、あたしも康平も、どうにもならなくなってしまいそう。
 いい加減できりをつけろと、お腹の赤ちゃんがわたしに問いかけている。
 ちょうどいいきっかけです。もうそんな歳だし、潮時だと思うの」

 「産むという結論を決めたのね、美和ちゃんは。
 夫婦のことだから私はとやかく言えませんが、決めたのなら
 それも運命です。
 そうすると美和ちゃんはこれで、康平からリタイヤするわけだ。
 邪魔者がいなくなったことになる。
 康平はやがて、私のものになる。
 かわいい赤ちゃんが生まれるといいわね、美和ちゃんによく似た・・・・」

 いきなり貞園が、言葉を飲み込んでしまう。
美和子の顔に、異常を見つけたからだ。
厚めのファンデーションの下に、暴力の痕跡らしいものを見つけたからだ。
両方の目の淵へ、かすかに青いあざが残っている。
夫から受けたと思われる暴行の跡だ。