僕の好きな彼女
「――あなたは」
と彼女が桜色をした唇を小さく開いた。
街の喧騒に消えかけてはいたが、それもその声音は厚いプラスチックのように無機質的で、固く、しっかりした意思を持った半ば『詰問に近い口調』のようだった。
「私を見ていたけど――この声が聞こえるの?」
そして――彼女が僕に問うたのは、そんなことだった。
だから僕は戸惑った。
――聞こえるも何も、そんなのは当たり前のことじゃないか?
「まあ、そりゃ」
と、だから僕は応えた。
すると彼女が少し目を見開いた。
瞬間、何かにひどく驚いたような、小さな雷撃を背筋に受けたかのような、そんな顔つきだった。
しかしそれも一瞬で、次の瞬間には深刻そうなしわをひとつ眉間に刻んで、あごに右手を当てて考え込むような仕草を見せた。
本当にころころと態度や印象が変わる。
それとも女の子とは、本来こうしたものなのだろうか?
僕は今まで女の子を好きになったことがなかった。
興味が無かった訳じゃないが、自分が誰かと付き合うとかそう言うのは面倒に感じたし、いずれそうした時期が来ればもっと真剣に求めるだろうとか、漠然とそんな風に考えていたからだ。
だから間近で見るこんな彼女のようなヒトの様子は、僕にとって『新鮮だ』と言えた。
するともう一度、僕の心臓が軽くリズムを外して飛び跳ねた。
「そう。言うならば、きっと奇跡ね」
すっと僕から目をそらして――彼女が誰にともなく、そう呟いた。