僕の好きな彼女
彼女が立ち上がった瞬間、僕も同じく腰を浮かしていた。
それは彼女の所作につられたためか、僕の魂が何かを感じたからかは分からない。
ただ確実に僕は彼女と時を同じくして、すくっと立ち上がった。
並び立つ幽霊のような僕らは、駅の出入り口に向けて目を細め、次にそこに現れる人影を待った。
のそっと歩いてきたのは、背を軽く丸めた痩せて細面の男だった。
着古した濃い灰色のスーツの上に黒いダッフルコートを着込み、歳の格好は三十そこそこに見えた。
銀色の縁をした眼鏡をかけて、寒さから眉間にしわを刻み、右手に革の鞄の取っ手を掴んだまま両手を口の前にあてがい『ほう』とひとつ息を吐いていた。
彼女は何も言わなかった。
だけど僕にははっきり分かった。
声をかけようと彼女の顔を見たときに、その頬の辺りが苦痛にきゅっと歪むのを見たから。
見てしまったから。
なので、