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僕の好きな彼女

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自動販売機は駅の出入り口と、ベンチの間から三角形を描いた頂点のような位置にあった。
僕はそこで缶コーヒーの、ミルク入り微糖のショートサイズをひとつ買った。
がたんと取り出し口に落ちてきた茶色の缶は、掴むと掌の中でしっかり暖かかった。
僕は両掌の中にその温かみを保持しながら、また彼女の方を見た。

彼女はそこで静かに腰掛けていた。
僕と同じような年格好の女の子。
隣町の進学校の制服に身を包み、多分、僕より頭も良かったのだろう。
でも彼女の中に、命はもう無い。
曰く『消えるのを待つ間に、自分を殺した相手を見つけたい』と願う、陽炎のような女の子。

見つめているとふと、僕の中に古い記憶がよみがえった。
あれは僕がまだ幼稚園にいた頃のことだっただろうか。
名前も忘れてしまったが、あの頃僕には確かに好きだった女の子がいた。
いつもその子とばかり遊んだ。
周りのからかいや雑音は、僕が小さすぎたからこそ逆に全く気にならなかった。
彼女がどうだったのかは分からない。
でも、僕とそれでも遊んでくれたということは、少なくとも嫌な気になって僕を避けたりはしていなかったのだろうと思いたい。

彼女と僕との繋がりは、あるときあっけなく消え去った。
何年かしてあのときに彼女の両親は離婚していたのだと知ったが、母親に連れられた彼女は街を去り、当時のあらゆる僕の居場所からそれこそふわっと煙のように姿を消したように思えた。
ほほえむ顔が、はにかむ顔が好きだった。
それより何より、大笑いするときの屈託無い笑顔が大好きだった。
ヒトの笑顔を『太陽のようだ』と例えることがよくあるが、僕はそれを『かつて見た』という経験から単なるコトバよりも深く理解しているつもりだ。
彼女の笑顔はそうした性質のモノで、だから僕は太陽をあがめる民のように彼女を慕った。
誰かを好きになるきっかけなんてそんなモノで十分なのではないだろうか?
彼女はそして、柔らかな天然ウェーブがかかった優しい髪の毛をしていた。
そう、まるで、今そこに居る彼女のように。

勿論あの頃の女の子と、目の前にい参る幽霊の彼女は同一人物なんかじゃない。
あの女の子を見てきたからこそ、僕にはそれがはっきりと分かる。
繋がりというか、類似点は柔らかく優しい波を打つ、肩までの茶色がかった毛の細い髪のことくらいだ。
だけど、彼女は僕の中にあの女の子の思い出を確かによみがえらせた。
そう言えば、もうひとつ彼女は、あの女の子に通じるモノがある。

幼い頃僕が好きだった彼女は、真っ直ぐなヒトだった。
僕はどうにもそうしたヒトに弱いらしい。
多分それは自分が流されやすく、何事も一人では決めがたい性格をしているからこその憧れから端を発する気持ちなのだろう。
ヒトの気持ちはいくつかのシグナルで表面に現れると僕は思っている。
それは手つきであったり、足取りであったり、言葉遣いであったり、そしてなにより、
――目つき、なのだと思う。

彼女の目は、
ほとんどあの頃僕が好きだった女の子と同一と言って良いほど、
『曇り』がなく見えたのだ。
作品名:僕の好きな彼女 作家名:匿川 名