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僕の好きな彼女

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駅前の小さな時計台には蛍光灯がかつて付いていて、いまではそれはLEDに取り替えられてはいるが、明かりの白々とした冷たさはそのままで、僕は『一体誰があの冷たい明かりをそこに設けようと考えたのか』と、見つめて不思議に思っていた。
僕の隣で彼女は静かに腰を下ろしている。
身体が少し冷えてきた。
何しろもう三時間ほどここに座ったままなのだ。
辺りはすっかり暗くなり、両手を口の前にやってはあと息を吐くと、件の白々とした明かりに照らされながら、さらに冷たそうな白い色合いへと薄く濁った。
駅の出入り口を見つめたまま彼女は微動だにしない。
僕はそっちを見るふりをしながら、何となく彼女の横顔を盗み見た。
その顔つきをなんと言えば良いのだろう。
『凜としている』というのとは違うと思う。
怒りに我を忘れている訳でもなければ、呆然としていたり、幽霊だけに生気に欠けたりとか、そう言った訳でもない。
彼女の気持ちは、究極的には彼女にしかわかり得ない。
彼女の言う怒りも悲しみも、そこに立脚する存在のすべても、僕には遠く理解の及ばない『壁の向こう』のような世界だ。

しかし、

現世とか隔世とかいうコトバを以前本で見たことがあるが、幽霊の彼女がいるここは紛れもない『現世』で、その意味で彼女は『隔世』の住人になりきっておらず、だからこそ今僕とここにいる訳なのだが、それならば、と僕は思う。

彼女の気持ちに触れることは可能なのではないだろうか?
だけど、それは失礼なことなのだろうか?

僕が思った『壁の向こう』。
それは『僕』と『彼女』という『存在の差』がそもそも生むような、届き得ない何かの喩えのようなモノなのだろうか?
漠然とそんなことを考えていると、ふと彼女が僕の方に振り返った。
「ごめん、寒いよね」
そして、小さな口を開いて語ったのは、僕への気遣いのコトバだった。
大丈夫だよ、と男なりに格好をつけて返事をしようとしたら、開けた口から返す言葉よりも先にくしゃみがひとつ弾け出た。
どうにか彼女から顔を逸らすのが精一杯で、鼻をずずっとすすると言い様もなく自分が『ダサいな』と感じた。
「缶コーヒー買ってくるよ」
そんな気分をごまかそうと、僕はそっと座っていたベンチから腰を上げた。
「すぐそこで暖かいのをちょっとさ。おごるよ、君はどうす――」
言いかけて、僕は口ごもった。
彼女の目が優しく、でも確かに悲しげに微笑んでいたのを見たからだ。
そうなのだ、と改めて自分に心中で言い聞かせる。
彼女はもう『死者』なのだ。
生者の隣で缶コーヒーを飲むことは、きっと出来ない。
苦い思いに目を伏せかけた僕に向けて、すかさず、でも極めて自然な調子で

「ありがとう」

と彼女が言った。
そしてそれ以上何も続けなかった。
感謝の言葉だけ、それだけ。
でもそれが間抜けなことを口走りかけた僕への最大限の気配りであることは、考えるまでもなかった。
だから僕は、その気配りに気がつかない振りをして、「うん」と曖昧に頷いて歩き出した。
作品名:僕の好きな彼女 作家名:匿川 名