僕の好きな彼女
彼女が繋いだ言葉は、静かなモノだったが乾いていて、押し殺した怒りが満ちていた。
時に半ば呻くようにすら聞こえた声音には、深く沈んだ悲しみの息吹があった。
「でも、アイツが単純だというのには賛成できる。深く色々考えるタイプの人間じゃないわ、絶対に。
だから私はあのときのクラスので話を思い出して、『ここ』で待ってみることにしたの。
アイツは来る。絶対に来る。
『捕まえて欲しいから』じゃなくて、きっと単に『考えなし』だから。
殺人という行為を通じて何かを訴えるような、深く何かを考えた思慮深い『映画のサイコ・キラー』なんかじゃ絶対にないから」
彼女が紡いだ言葉は、僕の心のどこかを確実にえぐった。
そもそも彼女は『悲惨な事件の被害者』なのだ。
改めて、幽霊となって、その姿がおそらく『生前の受傷前のモノ』であるからこそ、僕に対して『ビジュアルとして訴えかける現実感がない』というだけで、彼女は彼女の命(彼女風に言えば、彼女の中の『波』)を除いて、その持ちうる『すべて』を理不尽に奪われた立場なのだ。
だから僕はそこで言葉を返さず会話を切って、彼女が何か動きを見せるをの待つことにした。
彼女は幽霊であると言うだけで、特殊な何かが出来るという訳ではないらしい。
だからこそ、僕たちに出来ることは彼女が生前クラスで友達と話した脆弱な推理理論とその結論に賭けるしかなかったからだ。
彼女は沈黙し、僕らが出会ったときのまま姿――つまりは学校の制服姿で僕の隣に座り、電車の時間が来る毎に駅の出入り口に向けて視線を送っていた。
僕はそんな彼女の隣で、実は、彼女のことを見ていた。
何しろ僕には『敵』がどんなものだか分からない。
彼女が抱える『怒りと悲しみ』と、
その『矛先としての犯人』と、
見つけるための『手足』としての僕と。
ただ沈黙し、朽ちたオレンジから闇色に溶け始める街中で、彼女とふたりで僕は『ふむ』と鼻息をひとつ漏らした。
僕の漏らした息は冷たいばかりの冬の空気の中で白く濁り、透き通るような彼女の存在感の前で、街の風の中に溶けたきりあっという間に見えなくなった。