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海野ごはん
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オールド・ラブ・ソング

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「その後」




3回目のジローのお店は相変わらずレトロだった。やはりトリスの看板もあった。
初夏の風が海の上を吹き渡り、ちかえが長年住んだ温泉街に最初に吹きつけ上陸する。
少し潮の香りを含んだ風は心なしか鼻の奥をくすぐる。
なんの音も聞こえない田舎の町。
時代が変わっても、いつまでも何も変わらない風景がここにはあった。



お店の裏手に自宅があった。
海が見える高台。遠くに岬も見える。
「ごめんください。ママさんいますか」照夫は大きな声で呼んでみた。
「は~い。ごめんなさいね。こっちに廻ってくれる」庭の方から声が聞こえた。
海が見渡せる縁側のある庭に椅子に座ったジロさんがいた。
次郎さんは風呂敷のようなものを首に巻き、ちかえさんに髪を切ってもらっていた。
ほほえましい風景だった。
きっと、以前もこうやって長旅から帰ってきたジロさんの髪を切ってあげていたのだろう。
ちかえは髪を切るのをやめると向き直り、今回のことを丁寧に謝った。
「いいんですよ。僕らは。でも施設では大変な騒ぎみたいだったようです」
「悪いことしてしまったかしら・・」
「いいのよ、いいの。ママのやってることに悪気はないんだから」陽子が言った。

すると、今まで髪を切られていたジロさんが振り返り
「ちかえがお世話になっとります」と声を出した。
「えっ?」照夫と陽子は顔を見合わせて驚いた。
「ちゃんと喋れるんですか?」
ちかえは「そうでもないけど、昨日の夜から何か喋りだして時々まともなことを言うのね。びっくりしたんだ~」
照夫と陽子はまた次郎の顔を見た。今度は何も言わない普通の老人だ。
「よかったじゃないですか・・」陽子は目に涙が溢れた。
照夫もこんなことがあるんだと驚いた。
ちかえは陽子の手を取ると「あなた達のおかげよ」と言ってくれた。
陽子はちかえに抱きつくと大声を出して涙をぽろぽろ流した。
「よかったね、よかったね・・・」陽子はちかえの肩をぽんぽん叩いた。
また、涙が溢れた。


ちょうど陽子が泣いてる時、怪訝な顔をした男二人がやってきた。
次郎の長男と次男だった。
「やっと見つけた。あんた達いったいなんなんだ勝手に親父を連れ出して」
「誘拐ですよ、あんた達のやってること」
海を見ていた次郎はその声に振り返ると
「おう、博幸に真二じゃないか・・・どうした?」と声を出した。
一瞬わけのわからない息子達は、固まった。
「喋ってる。親父が喋ってる。兄ちゃん親父が喋ってるよ」
「おとうさん・・なんで・・喋れるの?」
二人は驚き父親の次郎のそばに寄った。
しかし、今度はまた無口な老人に戻っていってしまった。
ちかえは狼狽する二人に、昨夜からのことを説明した。そして深く頭を下げて謝った。
そして
「もしよければ、お父さんの世話をさせてくれないか」と嘆願した。
息子二人は言葉が出なかった。なんということだろう・・


陽子と照夫はあえて口を出さなかった。
ちかえの長年貫き通した愛の力が奇跡を起こさせたのか、それとも
次郎の愛が再び自分を蘇えらせたのか。
1年に3週間しか会わなくてもいい。その答えはこの為にあったのかもしれない。
信じた本当の愛が再び目の前で見られてよかったと陽子は感謝した。
何への感謝だったのだろう。本当の愛の行く先か・・・。

空を見上げると 青い空に2羽のつがいと思われるつばめが舞っていた。

                                     (完)