からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話
「1500年前に人の手によって敷き詰められたものが、残っているなんて凄い。
ということは私は今、1500年の歴史の上を歩いていることになる!」
足元を見つめながら、千尋がおそるおそる足をすすめていく。
後円部の墳頂から麓を見下ろすと、その高さを実感する。
これが人の手によって築かれたという事実に対して、軽い驚きを覚える。
「ここが前方後円墳のお尻の部分です。
ここから前方部分まで、尾根伝いの散策の小道が続きます。
登りはここまでですから、この手はもう、離してもいいでしょう。
ちょっぴり名残惜しいけど」
「それでは、今度は私が。」
と言うなり千尋が、康平の右手へ自分の腕を通す。
「せっかくですもの。1500年前の風情を2人で楽しみましょう」
後円部から前方をみても、樹木のために見通しは利かない。
生えているのは、ブナなどの落葉樹ばかり。
葉が落ちた冬場になれば、見通しが良くなるかも知れない。
しかしいまは、葉がうっそうと茂っている時期だ。
カブトムシやクワガタが沢山いそうな様子に、康平の目が童心へ帰る。
前方後円墳には、3つの築段がある。
2つ目の築段は、祭殿の場と呼ばれている。
有力者を埋葬するとき。墓を守るため、多くの埴輪(はにわ)が立ち並んだ。
このあたりから比較的平坦にかわり、歩き易くなる。
木立のあいだから濠として使われ、いまは水田になっている様子も
少しずつだが見えてくる。
息を切らし、軽く汗ばんだ千尋が、ようやく最前部の頂きに着いた。
くるりと振り返り、自分がつけてきた尾根の足あとを見つめる。
両手を大きく広げた千尋が、太陽が光り輝く青空を、まぶしそうに見上げる。
「たかが200m、されど200mの距離です。
古墳の上を自分の足で歩くなんて、生まれて初めての体験になりました。
感動とともに、太古への畏敬の念が湧いてきました。
楽しすぎて、ドキドキと心臓が踊っています」
「天神山古墳の被葬者は、毛の国(群馬県)を支配した覇者だ。
これ以降、大型の前方後円墳は姿を消している。
大きさも半分以下になり、勢力が衰退していったことを示している。
原因については学者たちが研究中だ。
強大になりすぎた毛の国にたいし、ヤマト朝廷が干渉を強めた結果、
衰退が始まったという見方があるようだ。」
「ヤマト朝廷に対抗できるような、大国が此処へ有ったという意味ですか?」
「全盛期には、群馬県のほぼ全てを制圧していた。
さらに栃木の鬼怒川以西まで、支配をひろげたと言われている。
東北地方を制圧するために、巨大な軍事施設と役所がここに建っていた。
発掘調査で、周囲を濠に囲まれた100m四方の兵舎跡が出てきた。
ヤマトの大軍勢が拠点として使ったようだ。
彼らは船でここへ上陸した。
利根川の流れを利用して、内陸部へ侵入してきたんだ。
最近の研究で、そのことが明らかになってきた」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話 作家名:落合順平