からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話
「千尋ちゃん。観音様のジンクスを知っているかい?
恋人同士で観音様を見に行くと、ヤキモチ焼きの白衣大観音が
ふたりを別れさせてしまうんだ。
恋人たちや若い男女のデートコースには不適な場所だ。
群馬県人なら、生まれたときから知っている」
「知らないの康平くん。観音様が生まれ変わったことを。
縁結びの観音様として再生したのよ。
クリスマスとバレンタインデーの期間は、観音様の小指から、
恋人たちのために、赤い糸が垂らされるの。
赤い糸を求めて、恋人たちが行列を作るそうです。
あなたって、情報に疎い古典的な上州人ですねぇ。
遅れています。うふふ」
ねぇぇ見学に行きましょうよ、と千尋が甘える。
敗北を認めた康平が、観音山への坂道をめざす。
小指に絡む絹糸は、ふたりをむすんで切れた糸・・・・
と、美和子が作詞した夜の糸ぐるまの一節を、千尋が口ずさんでいる。
バックシートの千尋は、上機嫌だ。
千尋のぬくもりが、背中へいちだんと接近した感がある。
標高200mの観音山の頂上まで、ゆるい坂道がつづいていく。
両側に、桜の並木が続きている
頂上まで、5分余りで駆け上がってしまう。
高台へ到着した瞬間。すべての方向に向けて、視界が開ける。
遮るものは、何ひとつない。
観音山の頂上から、関東平野の広がりが一望できる。
足元に、高崎市の市街地が大きく広がる。
北へ目を転じれば、長く裾野を引く赤城山の雄姿が見える。
山麓を埋め尽くすように、前橋市が横たわっている。
ひとつだけポンと槍のように突き出しているのは、完成したばかりの33階建て。
群馬県庁の姿だ。
ここからは、上毛3山と呼ばれている赤城山、榛名山、妙義山の山容を
全てを見ることができる。
白衣大観音を足元から見上げた千尋が、あらためてその大きさに、
驚きのため息を漏らしている。
足元から見上げた観音様には、想像を超えた大きさがある。
上空30メートルの高さにある観音様の白い小指から、裏手にある
小さな建物に向かって、一本の赤い糸が垂れ下がっている。
「あら?。赤い糸が見えますねぇ・・・・」千尋の目が一瞬にして輝く。
「2月14日からはじまった『赤い糸祈願祭』は、終わったはずです。
不思議ですねぇ。観音様の背後に、いったいなにがあるのかしら・・・・」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話 作家名:落合順平