からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話
期待を込めて千尋が、観音様の裏手へ走っていく。
『赤い糸祈願祭」中は、百位観音の小指と、縁結びを願う人たちの小指が
赤い糸でむすばれる。
赤い糸は観音様の小指から、足元にある香炉堂の屋根へ伸びる。
屋根からさらに、小分けされた赤い糸が下へ下がる。
小分けされた赤い糸が、参拝者の小指へ結ぶことが出来る。
裏手には『光音堂』が建っている。観音菩薩の本尊、六角堂だ。
縁結びや恋愛成就、良縁成就などの願い事を受け付ける。
そのため、別名を「一願観音」と言われている。
千尋が見つけた赤い糸は、六角堂と観音様を結んでいる。
イベントが好評だったため、常設化されたものだ。
興奮気味の千尋が、赤い糸の端を握りしめる。
運命の赤い糸は、中国に源を発する。
人と人を結ぶ伝説のことで、中国語で「紅線」と呼ばれている。
「運命的な出会いをする男と女は、生まれたときからお互いの小指と小指が
目に見えない『赤い糸』で結ばれている」といわれてきた。
「赤い糸」の由来は、なかなかロマンチックな話だ。
東洋風な趣や伝承と思いがちだが、実は「古事記」や「日本書紀」の中にも
たびたび登場する。
その昔。イクタマヨリヒメという未婚の娘が妊娠をする。
両親が問い詰めると、見知らぬ男が毎晩、部屋に通って来たと打ち明ける。
両親は一計を案じ、寝床の周囲に赤土を蒔く。
男が忍んで来たら、衣服のすそに糸を通した針を刺すようにと、
娘を言い含める。
翌朝。娘の部屋から出発した赤い糸を両親が手繰っていくと、
遠く三輪山の神の社まで続いている。
男は、大物主(オオモノヌシ)の大神であったと判明する。
この三輪山の伝説から、赤い糸の言い伝えが始まったと言われている。
小指はまた、「契り」を意味するともいう。
中国の「続幽怪録」に出てくる、「赤縄足をつなぐ」が、
語源という説もある。
韋固(いこ)という若い男が、月の夜、大きな袋にもたれて
本を読んでいる老人と出会う。
老人の持っている大きな袋の中に、赤い縄が入っている。
それは「男と女の足を結ぶと、どんなに憎しみあっている敵同士でも、
どんな遠くに住んでいても、夫婦になってしまう能力」
を持っていると言う。
運命が見えているという老人は、男に将来、妻になる女性のことを教える。
その予言通り、14年後に韋固(いこ)は、その女性と結ばれる。
この逸話から、将来夫婦になる男女は、赤い縄で足が結ばれていて、
運命は、最初から定められていると言われるようになった。
結ばれるのが「小指」になったのは、伝承されているうちに
変化していったのではないか?と考えられている・・・・
思いがけない幸運に、千尋は上機嫌だ。
上空30mの白衣大観音の小指から垂らされた運命の赤い糸は、
願い事が叶うという六角堂を経由して、千尋の手の中へしっかり収まっている。
くるりと小指へ巻きつけた千尋が、上気した目で康平を呼ぶ。
近づいていく康平へ、千尋が小さな声でつぶやく。
「こんなわたしでよければ、この先も、付き合っていただけますか・・・・」
「はい。俺でよければ、そのつもりでいます」
お願いね、とさらに小さな声で千尋がつぶやく。
赤い糸の先端を、康平の小指へ、くるりとひと巻き、巻き付ける。
心をこめて、巻き付けていく。
「叶うといいですね。わたしたちの季節はずれのお願いが」
風に揺れている赤い糸の先をたどり、はるか頭上にある観音様の小指を、
千尋が、うっとりと見あげる。
(71)へつづく
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話 作家名:落合順平