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からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話

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 「座ぐり糸作家という仕事も、センスを問われる仕事だと思います」

 「いまだに、荒れ狂う大海を流されていく難破船のままです。
 満足するような糸を、いまだに引けていません、私は・・・
 それにまだ、作家として自立しているわけでもありません。
 アルバイトしながら、生計を立てていますから」

 「それだけ、座ぐり糸を取り巻く環境が過酷ということですね。
 なんの仕事でも、これで生活するとなれば、苦難が生じます。
 養蚕が衰退して、生糸の需要も減り続けています。
 高価な絹製品の前途も、危ぶまれています。
 でも、あなたは、糸を引くことに強い誇りをお持ちです。
 『天職』を見つけたのかもしれません
 あなたと座ぐり糸は、運命の糸で結ばれているのかもしれません」

 「あら。うまいことを言いますね、あなたって・・・・うふっ」

 康平のスクーターが、焼きまんじゅうの町・伊勢崎市の中心部を抜けていく。
そのまま高崎市へ向かう、郊外の道路へ出てきた。
黙り込んでしまった千尋の様子を心配して、康平が会話のきっかけを作る。

 「あなたのお話を、聞きせてもらえますか。
 さしつかえなければ、座ぐり糸を始めた頃のことを教えてください」

 「では、そのあたりの昔話をしましょう。
 ようやく自分のひく糸に、碓氷製糸からお墨付きをもらえました。
 そのときは、美和子とふたりで有頂天に喜びました。
 その後は、意気揚々と毎日、座繰り器を回しました。
 一日7時間。手首の疲れも、まったく気になりませんでした。
 座繰り糸は1人当たり、いくらがんばっても200グラム前後です。
 器械製糸ならその70倍の、14キロ前後を作り出します。
 座繰り糸が高値で売れるとはいえ、差は歴然です。
 座ぐり糸の部門は、会社の中で、不採算部門になってしまいました。

 生産量を増やすことが、プレッシャーになりました。
 『碓氷製糸のため、たくさん糸をひきたい。でも座繰り糸は量よりも質。
 焦ってひいたら、いい糸はできない』
 わたしにも、美和子ちゃんにも、心の葛藤が生まれてきました。
 大きな疑問と迷いも生じてきました
 『自分の糸はどこで何に使われているのだろう。いい糸なのだろうか。
 もっと、糸を使う人とコミュニケーションを持ちたい。
 このままで、ほんとうにいいのだろうか・・・』

 次のステップを目指すために、2年間で碓氷製糸を巣立ちました。
 自由に勉強させてもらった、2年間に感謝しています。
 碓氷製糸がなければ、今の私はないと思っています。
 巣立つ前。わたしたちは碓氷製糸の職員たちに、技術を伝えました。
 わたしはまだ、この先でどういう糸が必要になるのか、
 それはまだ、分かりません。
 収入は多くありませんが、それでもアルバイトをすれば生活はできます。
 1日500グラムの糸をひけますが、400グラムに留めています。
 心の余裕が大事ですので、焦らず、丁寧に仕事をしたいと思います。
 あらっ・・・・
 ねぇ、あれは、美和子ちゃんが唄っていた白衣観音でしょ、あれって。
 ほら。あの山の上に見えるのは!」