からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話
千尋の住む安中市にも、そうした手作業の歴史が残っている。
中心的な役割を果たしてきたのが、『碓氷社』だ。
碓氷社は、磯部に住む有志たちによって組織された。
農民たちによる、座繰り糸の共同組合だ。
碓氷社で生産された製糸は、輸出量で、日本一を誇った。
品質においても、最高級の評価を得ている。
養蚕農家で育てられた蚕から、上州座繰り器で生糸をつむいだ。
『五人娘』や『二人娘』などのブランド名がついて、おおいに輸出され、
米国や西欧で、大変高い評価を受けた。
上州座繰り器には、細糸用と太糸用の2種類がある。
ハンドル一回転あたりで、巻き取り側に7回転と4回転半の差が出る。
碓氷郡や甘楽郡、富岡地方あたりでは7回転のものが使われた。
これらは「富岡式座繰り」と呼ばれている。
いっぽう前橋や中毛地域では、営業製糸や器械製糸が多く見られたため、
二等繭や玉繭の比率が高かった。
このような硬めの原料から繰糸するには、トルク(力のこと)のある
4回転半が好まれた。
トルクの強いこちらは、「前橋座繰り」と呼ばれている。
「上州座ぐり器と初めて出会ったのは、2000年の夏です。
松井田町にある、碓氷製糸農業協同組合というところでした。
座繰り糸への、挑戦がはじまった年です。
もうひとり、美和子さんという女性とコンビを組みました。
上州座繰り器で、糸をひくという修業がはじまりました。
努力の甲斐があって、2年ほどで商品として、
出荷ができるようになりました」
「美和子・・・・。えっ、美和子とコンビを組んでいたのですか。
あなたは・・・」
「美和子ちゃんには糸だけでなく、もうひとつ、作詞の才能がありました。
そちらへ進むことを助言したのは、実は私なんです。
毎日毎日。糸を引くだけの暮らしの中、美和子ちゃんはいつも
歌を唄っていました。
心に浮かんでくる言葉を、上手に織り上げます。
詩を書くことにも熱中していました。
埋もれさせるのには、もったいない作品です。
2年間。私たち2人がお世話になった碓氷製糸を巣立つ時、
座ぐり糸の作家ではなく、作詞の道へ進むよう、私は彼女にすすめました。
黄金の糸をつくるため、徳次郎さんのお宅を訪ねるようになったのも、
実は、美和子さんに教えてもらったからです」
「じゃ、僕と美和子のことも、とうぜん知っているわけですね、あなたは」
「いいえ。それ以上、詳しいことは知りません。
先日あるところで、たまたま『夜の糸ぐるま』を聞きました。
やっぱり、素敵な歌だと思います。
才能を持っている人は羨ましい。そう、つくづく思いました」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第66話~70話 作家名:落合順平