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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事 (5-1)

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やまちゅうの考えは、まず、天井裏の何箇所かで火を点ける。それから、下へ降りて、天井の火事に鬼達が気付くまで、保管庫の隅に潜む。部屋での火災だと、小さいうちにかき消される恐れがある。しかし、鬼どもも、まさか天井裏が燃えるなどとは思うまい。そして、彼らが気付いた時には、もう屋根にまで日が回っている筈である。消そうとしても、まず無理である。チマチマした火災だと、勝忠や肝蔵に見えないだろう。炎の勢いで屋根に穴が空き、その穴が煙突の役目をして、モクモクと煙が上がるだろう。後は、風よ吹け、雨は降るなと祈りながら、鬼どもの隙を見て、至る処に火を放って廻るだけである。
「まず、あの偉そうな事をほざいて居た、鬼の親分の部屋の真上で、最初に火を燃やしてやる。」
と、やまちゅうは、一人呟いて、火種に息を吹きかけた。


熊谷が、勘蔵に付けてくれた手下は、肝蔵以上に身軽な者達であった。
何でも彼らは、生前は源氏方の間者として、陰から義経を助けていた者達らしい。名を突破の十郎、与一という兄弟である。
「成るほど。さすがに名前の通り、どんな処でもスルスル、ヒョイヒョイと突破するわい。」
と、肝蔵は、この二人となら、易々と鬼の棲み家に近付けそうな気がした。ちなみに、十郎は、十番目、与一は、十一番目の男子を意味する、というのが当時通例であったという。其の通例通りに名付けられたのであれば、彼らの親たちも、相当に頑張ったものである。男子の間に、女子も生まれたであろう事を考えると・・・ああ、もう考えたくない。
「与一。お前、一番下の子か?」
道を進みながら、肝蔵が尋ねると、
「いえ。私の下に弟が四人、妹が七人居ります。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「肝蔵殿!」
十郎が、低い声で呼びながら、前方を指差した。呼ばれて肝蔵は、十郎が呼び指す方に、厳しい眼差しを送った。
鬼たちが、七~八匹で警戒している。いずれも殺気立って居るのが、遠目からでもよく分かる。既に数匹の鬼が犠牲になっているのだから、当然と云えば当然の事である。
鬼達にもプライドが在る。罪の清算をする為に、地獄へ来た人間達の管理をするのが、本来の役目。それが、人間達の返り討ちに遭ったのだから、面目丸潰れである。
「人間どもを見付けたら、八つ裂きにして、何処が骨だか肉だか分らぬまでに、ミンチ状態にしてくれるわ。」
と、真面目な鬼ほど怒りに震えている。
肝蔵は、まるで鬼の体から湯気が立ち昇っている様だと感じた。
鬼が、その様な状態になると、極僅かな物音や、小さな虫の動きでも、察知することが出来る。肝蔵は、その事を十郎・与一兄弟に伝えた。十郎応えて、
「はい。私も、以前、危うい思いをした事があります。恐るべき能力です。しかし、鬼達全員が、そういう能力を持って居る訳では無い様でした。」
と言った。肝蔵には、其処までの知識は無かった。
「さすが、鬼の棲み家に最も近い処に住んで居るだけに、詳しいな。」
と言う肝蔵に、十郎は頷き、次に与一に向かって、
「与一、予ねての手筈通りに。」
と、短く言った。与一は、兄の言葉に頷いて、一人だけ姿を消した。何処へ行ったのかと尋ねる肝蔵に、十郎は、
「以前から、もしも鬼どもと一戦交える時にはと、我々二人で話していたのですが、与一は、私が知る限り、一番身軽で、木の上だろうと、岩崖だろうと自在に動き回れます。ですから、弟が向こうの岩場で囮になり、鬼の気を引き付けますから、我々は、その間に棲み家へ近付きましょう。それに、岩場には、我々が作った投石機が三か所に置いて有ります。上手く行けば、それで鬼の一~二匹は退治出来るやも知れません。」
と応えた。
鬼どもが、与一を見付けたらしい。其処に三匹を残して、口々に何か喚きながら、鬼どもは、与一を追って岩場の方へ走り去った。与一を追う鬼どもの声は、絶え間なく続いている。
「こらっ! 待たんかっ!」
「おーい、赤鬼二千五十号! お前の方へ逃げたぞ!」
「よーし。任せなさい! わしが踏み潰してやるわい! ・・・あ~! ・・・何とすばしっこい奴じゃ! ・・・おーい、青鬼五千壱号! 今度は、お前さんの方へ廻ったぞ~!」
与一一人に、鬼が四匹、良い様にあっちこっちとあしらわれている様である。
そのうちに、
「ぎゃっ!」
と大きな叫び声が、峰に響いた。恐らく、与一の放った投石機の石が鬼を直撃したのであろう。
残った三匹の鬼達も、叫び声の方に気を奪われている。
「今のうちに、鬼の目をかわして前に進みましょう!」
十郎の言葉に、肝蔵は、無言で頷いた。
岩場での様子に気を奪われているとはいえ、油断は禁物である。勘蔵と十郎は、残った鬼の居る処をやや大きめに迂回して、ゆるりゆるりと通り抜ける。与一を捕らえようと、飛び交う鬼達の声は、まだ続いている。残って居た鬼のうち、一匹が応援に向かった。何時までも続く追いかけっこに業を煮やしたのであろう。
肝蔵達も、棲み家へと歩を進める。崖っ淵に出た。此処から暫くが、難所である。二人は、急峻な崖伝いに進まねばならない。鬼達さえ居なければ、通る必要など無いのだが、今はそんな事を言っても仕方が無い。細心の注意で足元に気を付ける。さすがに十郎は手慣れたものである。岩の出っ張りに、上手に手を掛け足を置きして、スイスイと進む。肝蔵との間がかなり開いて来た。十郎が、遅れる肝蔵を振り返りながら、岩場から生えている小木に手を掛け、次の一歩を進めようとした瞬間、小木の元に有った小石が、崖を転げ落ちた。
カラン、カランと乾いた音が、岩を伝って響いた。
一匹の鬼が、その音に気付いた。十郎は、一瞬、『しまった!』という顔をしたが、すぐに思いを変え、物凄い速度で崖を伝い、遥か先の方へ行ってしまった。しかし、もし鬼に見付かれば、まだ彼自体、身の危険を曝す位置である。が、
「おうい! 馬鹿な鬼ども! わしは、此処じゃ! 大きな図体ばかりしおって、な~んにも見えぬのか! 先程は、弟の与一に石をぶつけられ、大きな悲鳴が、向こうの方から聞こえたが、まだ鬼ごっこをして居る様じゃのう。今度は、兄の十郎が遊んでやろうぞ! 馬鹿鬼ども! 悔しかったら、わしを追い掛けて、此処まで来い!」
と、大声で鬼を挑発した。彼は、後ろに居る肝蔵を、何としてでも鬼に見付けさすまいとしたのである。
「あれっ、あんな処に、もう一人居るぞ! うぬ、待っていろ! 捕まえて、油で揚げて食べてやるっ!」
と、鬼が叫ぶ。十郎は、
「待てと言われて、待つ馬鹿が居るものかっ! くどくど言う前に早う追いかけて来ぬか! それとも、この崖を伝って、わしを追うのが怖いのか!」
と、更に挑発する。それを聞いた一匹の青鬼が、真っ赤になって、
「言わしておけば、何処まで言うか!」
と、崖伝いに十郎を追い始めた。
しかし、十郎は、どんどん先へ逃げて行き、鬼はとても追いつけない。彼は、時々、岩場で振り返り、
「おうい! 此処まで来い。・・・早う来ぬと、わしの美味しい油揚げが食えぬぞ! さあ、飯の種を採りに来い!」
と、言いたい放題、やりたい放題である。