あの世で お仕事 (5-1)
(勝忠の話では、この棲み家に人間達が、時々連れて来られていたと言う事であったが、彼らは、一体何処に居るんだ? 天井裏をくまなく動き回ったが、人間の気配は、全く無かった。よく太った美味そうな人間だけ連れて来て、此処で鬼の食料にでもしているのか?)
許せるだけの範囲をうろついて、此処に来た人間がどうなったかという事も探ってやろうと、やまちゅうが、梁を伝って動こうとした時、廊下をバタバタ二~三匹の鬼が走る音が響いて来た。足音は、やまちゅうの真下で止まった。それに続いて、
「一体、この事態は、どういう事じゃ! 人間どもに、例え僅かな数と云えども、我々鬼が襲われるなどとは、此処で有ってはならぬ事じゃ!」
と、まるで天井が破れるかの如き大声がした。そして、その後、今まで偉そうに、あーだこーだと言って居た、棲み家の親玉らしき鬼の声。声の主は、
「はっ、はい。・・・それが、あまりにも突然の事でして、我々も、訳が分からぬ間に、この様な事に・・・」
と、恐れ入った様にしどろもどろで答えた。
どうやら、駆け込んで来た鬼の方が、この館を支配している鬼よりも、権力が強そうである。
「兎に角、この事態が治まるまでは、わしに指揮を執る様にとのお達しがあった。お前の処罰は、この件を片づけてからの事じゃ! 隈なく現況を話せ!」
と、言った。やまちゅうは、
(おお、新しい鬼が出て来たぞ。一体、何処から来たんだ? しかし、此処の親分が、相当低姿勢になっている処から察するに、新しい鬼は、偉い奴に違いない。これは、此処を動かず、下の様子を聞いておこう。ここに来た人間の事は、後回しだ。)
と、考え直し、梁の繋ぎ目を上手く利用して、その上に寝っ転がった。
(はは・・、こりゃ、楽ちんだ。鬼め、燃えて無くなる前に、どんどん情報を持って来んかい。)
下の部屋の話に依ると、鬼達が、警戒を厳重にした為、どうやら勝忠達は、この棲み家に近付くのが難しくなっているらしい。やまちゅうは、勝忠たちの事が心配にはなった。が、これは、彼らが棲み家を攻撃するまでに、まだ時間があるという事で、ある意味好都合だと思った。この棲み家の責任者よりも、かなり上の悪鬼が来た為に、今まで知り得た事以外の、新しい情報を得る事が出来るかも知れないと考えたからである。
その考えは、当たった。鬼達の会話から、棲み家に元から居た責任者は、赤鬼壱千三号、そして、後から来て威張って居るのが、赤鬼二百二十六号と呼ばれて居るのが分かった。彼らはそれぞれ、
「せんみつ」
「にーにーろく様」
と呼び合って居る。
(『せんみつ』に、『にーにーろく』かい。鬼の世界にもニックネームみたいなものが、有るんだな。)
と、やまちゅうは、その場の状況を忘れて、ついにんまりとした。やがて、下の部屋の鬼達が、此処に連れて来た人間の事を話し始めた。
「ところで、此処に居た人間達はどうした?」
「はい、にーにーろく様。丁度、昨日、十一人来たのですが、運よくその日のうちに、移動して貰いました。」
「そうか。それは、何よりだった。此処に人間が居たなどと、万が一にも、他の人間どもや、あのくそ真面目な青鬼百二十二号の手の者にでも知れたら、それこそ大変な事になる。」
「はい。それはもう、よく分かって居ります。ですから、苦心して百二十二号に近い鬼は、全て道沿いの番所や山中見廻りの任務へ廻してあります。そして、私の腹心の部下も何名か、奴らを監視する為、向こうにやっていますから、まず、ご安心を・・・」
「安心などして居れるかっ! この様に心配を掛け居って!」
せんみつは、どうやら竦んでしまった様で、暫く話が、途絶えた。
どうやら、鬼の中にも派閥が有る様で、やまちゅうは、これでは、まるで人間社会と同じだと思った。
(こんな処で罪の清算などとは、チャンチャラ可笑しいぞ。真面目に苦しんでいる人間が可哀そうだ。)
と、少々腹立たしく感じた。
そして、もう一つ分かった事は、勝忠達が、今戦っている鬼の殆どは、真面目な奴等であるという事である。
やまちゅうは、出来る事なら、すぐにでも勝忠の処へ飛んで行って、真面目な鬼達との、無駄なせめぎ合いを止めさせたいと思った。しかし、それは出来ない相談である。天井の梁の上で、じっと時が来るのを待ちながら、鬼どもの話から、出来るだけ多くの情報を得るのみである。そう思い直してやまちゅうは、鬼達が、下で話した事を反芻するうちに、ある事が気になった。
(さっきの会話で、人間達に移動して貰った、とか言っていたが、一体どういう事なんだ?・・・何処か他に、人間を閉じ込める為の部屋でもあるのか? …地下室…裏の岩壁を利用しての洞穴・・・か?)
やまちゅうは、寝転がっていた梁からむっくりと起き上がった。そして、人間達が、何処へ移動したのか探って見ようと、天井裏をうろついては止まりして、聞き耳を立てた。しかし、人間についての話は、何処からも聞く事が出来なかった。
そうこうしているうちに、外は薄暗くなり始め、やまちゅうが、入り込む為に開けた、屋根の穴から射し込んでいた光も弱くなって来た。彼は、
(夕暮れが、近いぞ。そろそろ火を放って、鬼どもを慌てさせてやろうかい。)
と、前もって決めておいた、食料の保管部屋へスルスルと下りた。
幸い、物音一つして居ない。勝忠達が、峰の何箇所かで暴れて居るので、鬼どもは、皆、そちらの方に気を奪われて居るのであろう。天井裏から下りたからには、まごまごなどしては居られない。何時、鬼と鉢合わせするかも知れないのである。
やまちゅうは、食料の保管部屋の扉を少し開けた。ギギッと僅かに、扉の軋む音。耳を澄まして、外の様子を窺う・・・。物音は無い。扉をもう少し開いて、顔だけ出して辺りを見た。長い廊下が続いている。廊下には、鬼っ子一匹居ない。廊下に出て、急いで隣の厨房へ入り込んだ。
厨房の中は、調理された食べ物が、大きなテーブルの上に、処せましと並べられている。戦に備えて、空腹の者が何時でも食べられる様に、前もって作っていたのであろう。鬼の気配は、まったく無い。やまちゅうは、テーブルの上の鳥の空揚げに似た物を、一つ摘まんで口に放り込んだ。食べ物を見て、急に空腹を感じたからだ。しかし、彼は、それをすぐに吐き出した。不味い。というより、もっと不味い。藁にワサビをたっぷりかけて、ドロドロのセメントの衣を着せた物を油で揚げ、その後、色付き除草剤をぶっかけた様な味であった。
「まったく。見ると味わうとでは、大違いだ。鬼どもは、こんな物食べているのか。危うく死ぬところだった・・・」
と、やまちゅうは、独り言を言いながら、釜戸から火種を採った。そして、そこいらにある布切れをかき集め、甕の中の油をたっぷりと浸す。それを持って、再び食料の保管庫へ戻り、天井裏へ上がって行った。
作品名:あの世で お仕事 (5-1) 作家名:荏田みつぎ