あの世で お仕事 (5-1)
と、熊谷の声。生き残った者は、大きな岩で覆われた処へ場所を変え、再び鬼に向かうべく体勢を整える。
追って来た鬼は、岩の隙間では金棒を存分に使えない。肝蔵は、勝忠が造った落とし穴に鬼を誘い込もうと、熊谷の手の者を先導して先に立つ。しかし、敵もさる者、ひっかく者。岩の隙間を動き回る間にも、一人二人と犠牲者が出た。
結局、鬼を穴に落とし込んで、上から石や土で埋めた時には、味方の人数は、半分になっていた。
だが、元より犠牲は、覚悟の上の事である。
当面戦った鬼達の始末を着けた時、勘蔵達は、鬼の棲み家から、峰ひとつ離れた処まで後退していた。鬼を落とし穴に誘い込む為には、仕方なかったとは云え、勘蔵は、一刻も早くやまちゅうが侵入したであろう鬼の棲み家へ急がねばならないと思った。
鬼の棲み家の一つ手前の峰で、肝蔵と熊谷は、やまちゅうが降りていた崖を覗った。其処にやまちゅうの姿は、もう無い。
山での異変に気付いて、鬼達の警戒が厳重になっている。向こうの峰の上に数匹の鬼が確認された。
「やまちゅうは、上手く侵入出来たかのう?」
と、熊谷が、呟いた。勘蔵は、それには応えず、これから如何にして、峰一つ向こうの鬼の棲み家まで辿りつこうかと思案を巡らせている。最良の策は、既にこちらに向かって居る味方を待ち、闇に紛れての攻撃である。しかし、やまちゅうが、棲み家の中で見付かった場合、彼が助かるには、外から揺さぶりをかけるしか無い。そして、一旦、戦の火蓋を切ったからには、後へ引けない。そうなると、やまちゅうが、中で火を放つのを機に、うろたえているであろう鬼達を如何に多く討ち取るかが、勝敗を左右すると言っても過言ではない。しかし、明るい時に近付くのは、どう考えても危険であり、犠牲者が増えるだけである。肝蔵は、熊谷と相談した末、攻撃を夜まで待つ事を決めた。そして、夜陰に紛れて棲み家に近付き、外からも火を放とうと相談した。
勘蔵は、
「暗くなったら、わしは、二~三人ほど連れて、鬼の館の外に火を点ける。万が一、わし等が、失敗したなら、また二~三人で館に近付き、火を放って頂きたい。次の者も失敗すれば、また次の者と・・・。幸い、あの峰は、夜になれば風が出る。何とか夜までに近くまで行き、日没と同時に放火出来れば、火は、瞬く間に燃え広がる筈。」
という勘蔵に、熊谷は、
「心得た。」
と返事を返し、
「日暮れまでには、勝忠殿の手勢も、近くまで来るであろうから、それまでに、何としてでも棲み家の傍まで辿り着いて、中と外から同時に攻撃じゃ。」
と、早速、肝蔵と同行する手下を二人指名した。
一方、やまちゅうは、何とか険しい崖を下り、鬼の棲み家の屋根に下り立った。
さてここからが、また一仕事である。取り敢えず屋根瓦を剥がし、天井裏に忍び込む。そして、まず棲み家の間取りを調べ、出来るだけ人気の無い部屋へ入り込み、火を放つタイミングを待つ。
一連の段取りは分かるのだが、やまちゅうには、何分、他人の家に忍び込んだ経験が無い。しかし、今更、そんな弱音を吐いても仕方のない事。ここまで来たからには、自分を信じて、是が非でも侵入しなければならない。思い切って鬼どもを退治しようと言いだした手前もあるし、崖を下ってみて、引き返す事は、まず至難の業であると充分に分かったからである。
(・・なあに、俺は、何時も鬼平の配下の忍びや、黄門さまのお伴の弥七、お銀が屋根裏へ入り込むのを、幼少の頃からテレビで観て育った。あの通りやれば好いだけの事だ。それに、俺は、もう死んで居るから、鬼どもに見付かっても、殺される心配などする必要がない。)
と、やまちゅう、一枚一枚瓦を剥がしにかかった。そして、何とか入り込めるだけの隙間を作り、屋根裏の梁に下りる事が出来た。
そこで、暫く耳を澄ます。じっと聞くうちに、天井の下の物音が聞こえ始めた。
(・・・なるほど。こうやって弥七やお銀は、悪の情報を得ていたのか。)
天井裏で、じっとしている間に、眼も慣れて来て、おぼろげながらだが、視野が広がって来た。慎重に梁を伝って移動する、やまちゅう。そして、また下の様子を窺う。こうして、ほぼ間取りは分かり、どの部屋に下りれば安全なのか確信が持てた。
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(*: お断り)
遥か昔の事ですが、私にも高校時代がありました。私が一心に(?)学んで居た高校には、沢山の鳩が居て、休憩時間中、校舎に迷い込んだ鳩を追い回すのが、楽しみの一つでした。
ある時、鳩が、木造二階建て旧校舎の、天井裏に逃げ込みました。私は、興味半分で、それを追い、天井裏へ・・・。
鳩は、出口が分からず逃げ回る。わたしは、必死で梁を伝ってそれを追う。飛ぶ鳩に追いつける訳などないのですが・・・。
兎も角、私が、鳩を夢中で追ううちに授業開始のチャイムの音が・・・。
振り向けば、出口は遥か先。引き返すのは無理と判断。仕方なく、そのまま天井裏で、一学年上の英語(グラマー)を学びました。
やまちゅうの、侵入場面は、この時の事を参考にしています。決して、私は、ご近所やご遠方の皆様方の豪邸に侵入した経験など、一度もありません。従って、金銀財宝など、盗難の被害に遭われた方が居られたとしても、当方とは、一切、まったく、まことに、金輪際、関係ありませんので、悪しからず。
ということで、またダラダラ続けます。えーと、何処まで書いたかな~・・・
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やまちゅうが、天井裏から入り込むのを選んだのは、食料を保管して居る部屋であった。鬼どもの会話で、それが想像できる。その隣が、厨房である。厨房は、火を扱う処なので、付け火には、最適の場所である。おまけに、
(食料を保管している部屋なら、俺の食べられる物のひとつくらい有るだろう。)
と考え、やまちゅうは、下へ降りて時を待つには、お誂えの部屋だと思った。
やまちゅうが、時を待つ部屋を決めた頃から、何だか館全体が騒がしくなってきた。
(肝蔵とダルタニャンニャンが、何か始めたな。こりゃ、好都合だ。鬼どもの声が高くなって、下の様子が分かり易いぞ。)
と、彼は、思った。
鬼達の話で、肝蔵たちの動きも大体分かってきた。やまちゅうは、下の部屋へ降りるのは、もう少し後の方が良いと判断した。天井裏を行き来して、もっと情報を集めるのが得策だと判断したからである。
(そう云えば、さっき屋根から下りたばかりの真下は、何だか偉そうな事を言って居る奴の声がして居たぞ。もう一度帰って、ちょいと様子を覗ってみよう。)
と、梁を伝って移動した。
どうやら其処は、この棲み家を支配している鬼の居る部屋らしい。やまちゅうは、じっと聞き耳を立てた。鬼どもの、部屋への出入りが激しい。新しい鬼が、入って来る度に、やまちゅうは、外の様子を知る事が出来た。勝忠を初めとして、金剛山に住んで居る武将達が、戦いの火ぶたを切ったのは明白である。
(よし、此処で鬼達の話を聞いて、一番良いタイミングで火を点けてやろう。)
と、やまちゅうは、考えた。
(・・しかし、それにしても・・・)
と、彼は思った。
作品名:あの世で お仕事 (5-1) 作家名:荏田みつぎ