あの世で お仕事 (5-1)
穴に落ちた鬼達は、必死に這い上がろうとするが、周りの土を崩すだけで埒が明かない。かろうじて穴に落ちるのを免れて、上に残った鬼も、中の三匹を引き上げようと、手を差し伸ばしたり、金棒を差し出したりして、何とか助け様とするが思うに任せない。
それを物陰から見ていた肝蔵は、小太刀を抜き、太い蔦蔓を、
「えいっ!」
と、掛け声もろとも切り落とした。その蔦蔓に支えられて居た岩が、ごろんと転がり、鬼達が落ちた穴を塞いだ。その岩も、勝忠が、仕込んでいたのである。不意を突かれ、慌てる残った二匹の鬼達。肝蔵は、すぐ近くの岩の上から、
「ざまを見ろ! 大きいばかりの、役立たずめが!」
と、ひと笑いして、すぐさま岩を二つ、三つ飛び移り、
「残りの奴らも、わしが遊んでやるから、捕まえてみろ!」
と、殊更、鬼達を挑発した。二匹の鬼は、気色ばんで肝蔵を追い始めた。しかし、目の前で落とし穴に落とされた仲間を見た直後だけに、肝蔵を追う足取りは、先程までのものとは変わって、精彩を欠いて居た。肝蔵は、それを見抜いて、振り向きざまに短刀を投げつけた。それは、一匹の鬼の足に突き刺さった。
「うわっ!」
と、声を上げ、倒れ込む鬼。それを助けようとするもう一匹。此処でとどめを刺そうと思えば、出来なくはないが、一応、鬼どもの気を引き付ける役目は果たせたと、彼は、
「はっはっはっ・・。程良く遊ばせて貰ったぞ。また会う時までに、もっと技を磨いておく事じゃ。」
と、台詞を残し、あっという間に姿を眩ました。
肝蔵が、勝忠と出逢うまでには、かなりの時間を要した。異変に気付いた鬼達が、金剛山の下方からも馳せ参じ初めていた為、身を隠しながら進まねばならなかったからである。
勘蔵は、勝忠に、鬼達とのせめぎ合いを報告した。それを聞いた、勝忠の動きは早かった。早速、手勢の者を、今朝別れたばかりの仲間の元に走らせ、この際、一気に鬼達との雌雄を決すべく、応援の要請をさせた。そして、傍に残った肝蔵に、
「棲み家に侵入したやまちゅうと、鬼を追ったダルが気になる。肝蔵。お前は、鬼の棲み家に最も近い場所に居を構える、熊谷痔朗直実衛人(くまがい・じろう・なおさねーと)の元へ行き、彼等と共に、先陣の役目を果たすのじゃ。わしは、然るべく陣容を整えた後、お前達の後詰を務める。よいか、命など惜しむでないと、熊谷に伝えるのじゃ。とは云うても、惜しむべき命など、もう、わし等は、持ち合わせて居らぬがの・・」
と、カラカラと笑った。
肝蔵、心得たとばかりに、どっと走り出す。勝忠も、立ち上がり、戦支度は万端とばかりに、そこいらにある茶碗に並々と、腰の瓢箪から酒を注ぎ、一気に飲み干した。そして、落ち着いた足取りで鬼の棲み家へと向かい始めた。
一旦、鬼との決戦を決めたからには、もう逃げ隠れする事など無い。出会う鬼どもを次から次へと血祭りに上げ、ただただ前へ進むのみ。勝忠は、間道など通らず、金剛山のメインロードを悠々と進む。
「ううむ、久しぶりに腕が鳴るわい。鬼どもに、徳川四天王と恐れられた、この本多勝忠の力を、これでもかと云うほど見せて遣るとしようわい。」
と、足取りも軽い。
閻魔殿から三々五々地獄へ向かって居る人間達は、一体何事かと驚きの表情と供に道を譲る。中には、物珍しさに誘われて、後ろを付いて行く物好きも居る。
鬼達と雌雄を決するという知らせを聞いたそれぞれの武者達も、勝忠が歩を運ぶ毎に一組二組と増えて行く。まずは、後藤又兵衛。続いて昨夜相撲で技を競い合った、伴団右衛門と山田長政が、それぞれ顔や頭に擦り傷、切り傷、たんこぶを作ったままの姿で合流。
「長政。何じゃ、そのたんこぶは?」
と、団右衛門が、笑いながら問えば、
「なあに、昨晩、ちと飲み過ぎて、酔いを覚まそうと、勝忠の隠れ家に在る漬物石を頭で砕いた時、出来たものよ。さして、気に召さるな。」
と、長政も嘯く。それを聞いた団右衛門、
「ああ、そうであったか。」
と言いながら、自分の拳を差し出し、
「これは、わしの握り拳じゃと思うておったが、勝忠殿の家の漬物石であったのか。勝忠殿、すまぬが暫くの間、おぬしの家の漬物石を借りるぞ。」
と、丸太の様な腕を突き上げ、その先で握り締めた拳を眺めながら高笑いした。
一同、これには大笑い。そうこうして進む間に、総勢百二十名余りの集団となった。
此処で勝忠は、味方を三組に分けた。
先に、肝蔵と供に先駆けた熊谷痔朗直実衛人の組を先陣として、二陣は、後藤又兵衛。道沿いの鬼の棲み家を攻撃する伴団右衛門と山田長政の二組。そして、後詰が、勝忠である。後詰は、雌雄が決するまで、じっと構えて動かない。
それぞれ配下を従えて、持ち場へと急ぐ様、彼らに伝えた後、勝忠は、
「方々、冗談は此処までじゃっ! 敵は少数と云えども、体躯の大きな鬼どもじゃ。くれぐれも油断召さるな。予てから申して居るように、鬼一匹に五人一組で当たるのじゃ。妙な功名心など起こすでないぞ! それでは、運が良ければ、また会おうぞ!」
と、大声で言った。
勝忠の言葉が終わると同時に、皆、一斉に手はず通り動き始めた。
金剛山の鬼との本格的な戦いの火蓋は、道沿いの棲み家へ向かった団右衛門と長政の組が切った。
メインロードを、徒党を組んだ一団が進むのだから、当然、鬼の目に付き易い。二人の武将を先頭に総勢六十名余り。
「五人一組で掛かる事を忘れるなっ!」
二人の武将は、再度手の者に言い置いて、興奮で充血した眼を大きく開き、我に続けとばかりに、駆け出した。これに遅れてはならじと、他の者も声を限りに上げながら、鬼達に挑みかかった。
その頃、肝蔵は、熊谷と供に峰を進む途中、二匹の鬼と戦って居るダルタニャンニャンに出くわした。彼は、鬼に挿まれ、防戦一方の様子である。見れば、左の肩口を負傷している。肝蔵達は、すぐさま彼の傍へ駆け寄り、
「ダル! 助太刀致す!」
と、鬼をどっと取り囲んだ。熊谷の手の者が、ダルタニャンニャンを抱えて、後方へ運ぶ。大勢の新手に囲まれて、鬼は一瞬ひるんだかの様に見えたが、度胸を決めたのか、大きな金棒をしゃにむに振り回し、たちまち五~六人を打ちのめした。
その勢いに気圧されて、味方にやや動揺が走った。
しかし、その昔、一の谷で馬を背負って崖を下り、平氏を散々打ちのめした、熊谷痔朗直実衛人が、
「ひるむなっ! ダルが、如何に南蛮のつわものと云えども人間に変わりは無い。その人間一人が、鬼を二匹相手に互角に戦ったのじゃっ! 鬼どもは、体のみ大きくて、何の能も持ち合わせて居らぬ証拠じゃ! 此処でひるめば、日本男児の名が捨たるぞっ!」
と、味方を一喝。自ら大太刀を振り上げ、一匹の鬼の腕を、気合もろとも切り落とした。
「わっ!」
と叫んで、切り落とされた腕を拾おうとする鬼に、熊谷の手下の喜連地板造(きれじ・いたぞう)が、得意の槍を繰り出す。脇腹を突かれた鬼、呻きながらも、槍もろとも板造を振り払う。板造は、四~五メートルも吹っ飛び、動かなくなった。鬼は、尚も片手に金棒を持ち、ぐるぐると車輪の様に振り回しながら迫って来る。
「岩場で勝負しろっ! 平地は、不利じゃっ!」
作品名:あの世で お仕事 (5-1) 作家名:荏田みつぎ