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からっ風と、繭の郷の子守唄 第61話~65話

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 「ごめんなさい。
 自分の家のように気がして、ついつい寛いでしまいました。
 それにしてもこちら部屋は落ち着きますねぇ。
 自分の仕事場へ戻ってきたような、そんな錯覚を覚えます」

 「島村は150年近く、蚕と繭を育てながら暮らしてきました。
 蚕種産地として栄えてきた歴史があります。
 一面にひろがる桑畑の中に、やぐらのある養蚕家屋がたくさん
立ち並んでいました。
 でもそれはもう、ひと昔前の話です。
 桑畑は野菜畑に姿を変え、やぐらの有る農家も、1つ1つ消えていきます。
 建物の老朽化も進んでいます。
 明治10年の頃は、世帯数317戸のうち250人が
 蚕種の製造に関わっていました。
 ほとんどの人たちが、なんらかの形で養蚕を関わっていたことになります。
 しかし私が嫁いできたときは、すでに、屋敷の2階は閉鎖されていました。
 どの家が最後まで、蚕が飼っていたのか私は詳しく知りません。
 教師として赴任して以来、20年が経ちました。
 赴任した頃は、子供たちがたくさんいました。
 でもいまは、2学年を合わせても14人しかおりません。
 島村はどこにでもある、過疎の農村です。
 先人が残した巨大な家屋を後世へ残すことが、今の私どもの
 仕事になりました。
 あら。なにやら、愚痴めいた話になってしまいました。
 うふふ・・・・内緒ですよ。こんな話は、うちの亭主に」

 (・・・ここにも、やはり、新しい時代の洗礼がある。
 繁栄を見せた大型の養蚕農家たちは、すでにその役割を終えている。
 2度と目覚めない、長い眠りについている。
 2階の空間に、たくさんの回転まぶしと、忙しく動き回る人たちの姿は、
 私の幻影だったんだ・・・・

  ここへ来る前、スクータの上から眺めた景色は、過去の遺物だ。
 まるで昼間の蜃気楼のように、役目を終えた農家の姿だった。
 例えていえば、ピラミッドと同じ。
 存在する意味を失った建物たちが、かろうじて現存している。
 養蚕と生糸を取り巻く環境は、きわめて厳しい。
 繁栄は、もう2度と戻って来ない。
 それを充分知りながら、それでも私は群馬で糸を紡ぎたい。
 大きな建物を守っている人たちも、それは同じだと思う。
 暗闇の2階の蚕室で確かに私は、『お蚕あげ』に走るまわるたくさんの
 人たちと、たくさんの回転まぶしを、たしかに、
 はっきりこの目で見ました・・・)

 ・回転まぶし・とは

  「回転まぶし」が登場したのは、昭和30年代の後半。
 たいへん便利で、すぐに全国の養蚕農家へ広まりました。
 156個の巣がある紙製の方形の枠が、10段で1組になっている。
 蚕はこの巣の中へ一匹ずつ入り、やがて繭を作る。
 蚕の移動により重心が変わると自動的に回転するために最終的に、
 蚕が平均に、紙製の枠の中へ収まる。
 それまでは一匹ずつ巣の中へ、人の手によって入れていた。