からっ風と、繭の郷の子守唄 第61話~65話
「風の匂い?」
「綺麗な水があり、豊かな緑があり、黒い大地が広がるところに、
健康な風が吹きわたります。
わたしはいつも、そういう匂いを風の中に感じます。
今日の私の心の中にも、いつものように、爽やかな風が吹きわたっています」
なるほど・・・康平が目を細めて、あらためて周囲を眺め回す。
利根川は、人が走るよりもはるかに早い速度で、水を下流へ運んでいく。
ごうごうという勢いを保ったまま、目の前を流れていく。
日差しを受けて艶やかに光る畑のネギは、今日も南の風に揺れている。
頭上に上がった太陽は、今日も30度の気温を越えようとしている。
青い屋根瓦をジリジリと焼きながら、真南の天空へさしかかっていく。
「お弁当を食べるには、まだ時間が早すぎる。
古墳時代の4世紀から6世紀にかけて、大和朝廷が大船団を仕立てて
この悠久の流れをさかのぼってきた。
その証拠のひとつ。東日本最大の前方後円墳がこの近くにある。
足を伸ばして、見学に行ってみるかい?」
「蚕種の歴史のあとに、古代史の探訪がはじまるの?。
いいですねぇ。悠久の大地に、さらなる悠久の歴史が眠っているわけですね。
行きましょう。その前方・・・・なんとかへ」
「前方後円墳。
君には、最高のサプライズもついている。
B級グルメで町おこしが盛んになっている今、太田市も例外じゃない。
前方後円墳の街は、B級グルメ『焼きそば』の町だ。
立地的に見ると、君が食べたいと騒いでいた『焼きまんじゅう』の
伊勢崎市と、背中を接した町だ」
「どちらも食べられる可能性が有る。ということですね!」
「察しが早い。さすが食いしん坊を自慢するだけのことはある。
B級グルメの場所が隣接していれば、同時にどちらも楽しめる。
古墳の散歩してから、名物店で食事をしましょう。
ここから先は、そのような日程でいいですか?」
「申し分のない提案です。
B級グルメの競演は最高です。またとないサプライズです。
もう、どこまでもあなたに着いてまいります。うふっ」
スクーターが堤防に添った道を、下流へ走る。
道路はサイクリング・ロードよりも、少しだけ低い位置にある。
それでも遠くを見回すのに十分だ。
点々とつづく集落を過ぎると、どこまでも野菜の畑を広がっていく。
背伸びをすれば、サイクリング・ロード越しに川の流れが見える
緑の茂る中州越しに、対岸の景色も望める。
走るスクータの後部座席で、康平の肩へ手を置いた千尋が、目の前にひろがる
大地と川の流れを、左右交互に楽しんでいる。
下流に見えていた赤い橋が、あっという間に近づいてきた。
舗装された本線に戻った康平が、軽くアクセルを開ける。
解放されたエンジンが。スクーターを一気に突進させていく。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第61話~65話 作家名:落合順平