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からっ風と、繭の郷の子守唄 第61話~65話

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 バランスを崩し、後方へ置いていかれそうになった千尋が、
あわてて康平の腰へ両手を回し。
「こらっ。暴走族!」。千尋が康平のヘルメットを、軽く平手で叩く。
速度を上げたスクーターは軽やかに、赤い橋の中間地点を越えていく。

 速度を緩めたスクーターが、ウインカーを出して橋の出口を下流へ曲がる。
対岸から見えていた、土手上の道路を走り始める。
緑の芝が敷き詰められた、河川敷のゴルフ場が右手の前方に見えてきた。
左前方に、大きな木に取り囲まれた寺院の、青い瓦屋根が光っている。

 「右は、県営のゴルフ場。
 左に見えてきたのは、縁切寺の満徳寺。
 江戸幕府をひらいた、徳川家のゆかりの寺です。
 この一帯を収めていたのは、新田一族の新田義季(よしすえ)が、
 利根川の北岸を開墾して、徳川と名づけたました。
 鎌倉にある東慶寺とともに、2つしか存在しない縁切寺のひとつです。
 有名な三くだり半(離縁状)も、展示されています。
 どうします? 後学のために見学していきますか」

 「いいえ、けっこう。パスいたします!。」

 「きっと君はそう言うだろうと、俺も思っていた。
 付き合い始めた途端、三行半を見たのでは、洒落にもならない。
 満徳寺の裏に、お気に入りの自動販売機がある。
 そこで軽く喉を潤そう」

 「あら。ややっこしい場所が、お気に入りのようです。
 わかりました。三くだり半に興味はありませんが、喉は乾いています。
 先ほどの道路表示に徳川と矢印がありました。
 このあたり一帯が、徳川発祥の地と呼ばれる地域なのですか」

 「利根川の北岸から、群馬と栃木の境を流れる渡良瀬川の南岸までが、
 新田義貞で知られる新田一族の領地です。
 もともとが広大な湿地です。
 湿地が開墾されて、田んぼに改良されました。
 利根川の流域に近いこのあたりが、新田義季によって開発されたものです。
 世良田の地もふくめて、一帯が徳川家発祥の地とされています」

 「家康の孫娘で、千姫ゆかりの寺というのは、ここのことですか?」

 「その通りです。
 満徳寺が縁切寺としての特権を持つようになったのは、徳川家康の孫娘、
 千姫にかかわったからです。
 豊臣秀頼に嫁いだものの大坂城の落城後、豊臣家と縁を切り、
 本多家へ再嫁するため、満徳寺に一時的に入寺したと伝わっています。
 江戸時代、一度嫁いだ女性は、夫との間に不和が生じて実家へ戻っても、
 夫からの離縁状がなければ、再婚することができません。
 離婚を求めて駆け込んできた妻たちを救済したのが、縁切寺です。
 25ヶ月間を寺で生活すると、夫に三くだり半(離縁状)を書くことが
 できたと言われています」

 「着きました」、康平が満徳寺の裏手でスクーターを停める。
たくさんの自販機が並んでいるのは、大型専門の駐車場の一角だ。
観光バスから降りた女性たちが、道路を渡り満徳寺に向かって歩いて行く。

 「あら。女性たちがたくさんいますねぇ。
 おおぜいで、駆け込み寺へ、三くだり半の申請に行くのかしら。うふふ」

 「君も言うねぇ。
 いまどきのご婦人たちに、三くだり半の必要があるものか。
 ここは雷と、からっ風と、かかあ天下が有名な、上州だぜ。
 三行半なんか無くても、男のほうが先に、かかあに追い出されちまう」

(66)へつづく