ノブ・・第2部
時々ね・・・と真由美は一本を口に咥え、ボクのを取り上げて先をくっ付けて火を着けた。
「これってね、どこかの国じゃ、友情の印なんだって」
「貰い火って言うんだってよ」
そうなんだ・・ボクは返して貰った煙草を、マジマジと見つめた。
「友情の火ね」
「不服?不本意?」
「ううん、違うよ。面白いなって思ってさ・・」とボクはまた曖昧に笑った。
「ね、私達・・」
「友情なら成り立つのかな」
「ノブさん、迷惑じゃなかったら・・だけど」
「そんな迷惑なんかじゃないよ、でも」
「でも何?」
「オレ、何か悪いコトしてない?」
「悪い事って・・・キョウコさんに?」
いや、真由美さんにと言いかけてボクは止めた。
あんまりに、驕ったモノ言いになりそうだったから。
正直、ボクは困っていた。
真由美は魅力的な女性で、おまけにボクに好意を持っているのが分かってたから、これ以上一緒にいたら・・・ボクは嫌なヤツになってしまいそうだった。
そのコトを言おうか言うまいか迷って、ボクは黙ってしまった。
「ノブさん、何か悩んでる?」
真正面から覗きこまれてボクは一時逡巡したが、正直に言った。
「オレ、真由美さんとの間に友情って難しいよ」
真由美の顔が、一瞬固まった。
「それって、友達にもなれない・・って事?」
ううん、違う・・ボクも真面目な顔になった。
夏の夜風に・・・
「真由美さん、オレね」
ボクは正直に話す事にした。
「オレ、真由美さんって、とっても魅力的だと思う」
「正直、戸惑ってるんだ、オレ・・」
「何で?戸惑うって?」
「だってさ、こうして2人で飲んでて、楽しいんだけど」
「心のどこかに、別のオレもいてね」
「うん」
真由美は、真面目な顔で聞いていた。
「楽しいんだけど、喉に魚の小骨が引っ掛かったみたいな感じなんだよ」
「それって・・」
「やっぱり、彼女に悪いって思ってるって事?」
「う〜ん、きっとオレが逆の立場だったら、面白くないんじゃないかなってね」
「そっか・・」
ゴメンね・・と真由美は下を向いて言った。
「私の勝手で呼びだして、そんな思いさせちゃって」
「いや、出てきたのはオレの意思だから、謝るコトないんだけどさ」
「なんかね・・」ボクは思い切って言った。
「眩しいんだよ、真由美さんが」
「スタイルいいし美人だし、優しいし」
「それに・・」
「なに?」
そんな人がオレなんかをって思うとね、どうしていいか分からなくなるんだ・・・と。
「ノブさん、私」
「最後のがオレの思い上がりだったら・・ゴメン!」
下を向いて謝ったボクは、真由美の視線を痛いほど感じていた。
少しの間を置いて、真由美は静かに言った。
「私、好きだよ、ノブさんの事」
「ノブさんの思い上がりなんかじゃないよ」
「私ね、電話で彼女に間違えられて、ショックだった」
「でね、切った後に思ったの。あ、一足遅かったのかな・・って」
でも仕方無いんだよね、割込は出来ないもんね・・と真由美は微笑みながら続けた。
「だから、今夜が最後でいいから、思い出欲しいって言ったの」
真由美は、ボクの目を見つめて言った。
「ノブさん、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「今夜だけ、私に時間くれない?」
「え・・」
「我が儘だ、って分かってる。彼女がいるって事も」
「今夜だけでいいの、一緒にいて欲しい」
真由美の目は、真剣だった。
「そうしたら、私、諦めるから、ノブさんの事」
そう言って下を向いた真由美の手は、ウーロンハイのジョッキを堅く掴んでいた。
真由美は黙ったままでジョッキを持ち上げて、一気に空けてしまった。
そして「ふ〜、言っちゃった!」と笑顔でボクを見た。
「・・・・」
ボクは何と答えていいのか分からずに、中生を見つめたままだった。
「困ってる?」
「いや、そんなコト」
「じゃ、怒ってるの?」
ううん、違う・・・とボクは小さな声で言うのが精一杯だった。
ボクは真由美の気持ちを測りかねていた。
恋人がいるんだから割込は出来ない・・と自分でも言ってたのに、何で一緒にいたい・・なんて言うんだろう。
「思い出って、コト?」
「うん、そう」
「今夜だけ?」
自分でも間抜けだな・・とは思ったが、心のどこかでボクは真由美を悲しませたくなかったのかもしれない。
いや、もっと本音を言えば・・・そう思うコトによって、真由美と一晩過ごすコトを正当化したかったのかもしれなかった。
ボクは顔を上げて真由美を見て、言った。
「一晩一緒にいるって、どういうコトか分かって言ってる?」
「分かってるよ、私だって」
真由美は、微笑みながらボクを見た。
「私ね、きっと後悔なんかしない」
「ノブさんが私を好きじゃなくても、私は・・・好きだから」
「お願い、断らないで・・・」
真由美はテーブルの上でボクの手を取って、真面目な顔で言った。
「分かったよ」
「本当?」
うん、今夜は真由美さんと一緒にいるよとボクは言った。
「じゃ・・・もっと飲もうか」
「うん、嬉しい!」
「明日の仕事は?」
「明日は・・遅番だから、11時入り」
「じゃ、まだ平気だね?!」
ボクは決めた。もっと飲めば酒に弱いボクのコトだからきっと寝てしまうだろう、そうすれば・・間違いは起こらないと。
「ノブさんは?何にする?」
「オレもウーロンハイにしようかな」
真由美は嬉しそうに、同じモノを二つ注文した。
「良かった、断られたら立ち直れなかったよ、私」
「真由美さんが強引なのは、今に始まった事じゃないしね」
「やだ、そんな風に言わないで?!」
ボクは心を決めたせいで、自然に笑顔で言えた。
何も起こらなければ、恭子も許してくれるだろう・・。
それからボクらは、かなり・・・飲んで食べた。
好きな服の事やレモンの近況を真由美が話してくれて、ボクは主に聞き役だった。
「お店もね・・」
「夏休みに入った途端、お客さん減っちゃってさ」
「もう、午前中なんて暇なのよ」
「私なんか、カウンターの隅っこで文庫本読んでる時間の方が長いんじゃないかって位。」
「マスターは?何してるの、そんな時は」
「マスターは気取ってクロスワードかなんかやってるけどね」
ボクは、温和な髭を蓄えたマスターが少し懐かしかった。
「美味しいよね、レモンのコーヒー」
「またおいでよ?!マンデリン飲みに・・」
真由美はここまで言って、ハっと口を閉ざした。
「ゴメン、無神経な事言っちゃった」
「大丈夫だよ、マンデリンに罪はないし、オレ、好きなモノは好きだからさ」
とは言ったものの、ボクはやはり恵子の事を考えてしまった。
そうか・・・恵子と知り合ってから、そろそろ1年なんだな。
この1年、ボクは恋をして進路変更して必死に勉強して、恵子を失って・・・大学生になった。
そして新しい恋人が出来て、ボクはまた笑える様になった。
恵子は何て言うんだろう、今のボクを見たら。
そんなボクの気持ちを察したのか、真由美は静かに言った。
「出ようか、そろそろ」
「うん、混んできたしね」
ボクらは、会計して店を後にした。