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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ・・第2部

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店を出たボクらは、ニコライ堂のシルエットを眺めながらブラブラと歩いた。

酔った頬に夜風が気持ち良くて、ボクは大きく伸びをした。

「ノブさん、聞いてもいい?怒らない?」
「うん、なに?」
「恵子さんの会社って、この辺だったんでしょ?」
ボクは真由美を見ながら、言った。

「すぐそこ。行ってみる?」
「ノブさん、平気?」

ボクは、何も言わずに歩きだした。
平気なのか?オレは・・。
気が付けば、風は止んでいた。

そう、このニコライ堂の横の路地を抜ければ・・恵子がいた会社はすぐだった。

「待って、ノブさん・・」真由美の声が追いかけてきた。
ボクは振り向かずに歩いた。
やがて、通りの向こうに恵子のいた会社が見えた。

「変わってないんだな・・当たり前だけど」
真由美は少し遅れて、ボクの隣に来た。

「ノブさん・・」
「・・・・」

独り言の様に、ボクは呟いた。
「あのビルだよ、恵子の会社は」

ボクはビルを見つめたまま、何も言えずに立っていた。
心の中に、何か分からない黒い塊が押し込まれた。

真由美はボクの左手を両手で抱え込んで、言った。
「ごめんなさい、また私・・」

黙って立ちすくむ2人の目の前を、空車のタクシーが猛スピードで坂道を駆け上がって行った。
真由美が、ギュっとしがみついた。

「行こうか」
ボクは腕を真由美に任せたまま、来た道を戻った。
恵子の会社のビルが、ボクらの後ろで段々と遠ざかった。

途中、真由美が振り返ったのに気付いたが、ボクは何も言わなかった。
角を1つ曲がって、ビルはもうきっと見えなくなったはずだ。

「ノブさん」
「ごめんなさい、私・・」

「謝るな!」
ボクは、立ち止まって真由美を振り返って、大声を出した。
「謝る位なら・・最初から言うなよ!」

ボクは苛立っていた。
「そんなに面白いか?恋人に死なれた男に思い出を突きつけて」

「私・・そんな積もりじゃ・・」
「じゃ、どう言う積もりなんだよ!思い出巡りして、オレが喜ぶとでも思ったのか?!」

「・・・・」
真由美は、ボクから手を離してうな垂れた。
「ごめんなさい、私・・・」

ボクは、大声を出してしまった自分に嫌気がさして、一服したくて道の横の公園のベンチに座った。

煙草に火を着けたとこで、真由美がボクの目の前に立った。
煙を深く吸い込んで、ボクはゆっくりと吐き出した。
何度かそうする事で、苛々は少し・・凪いだ。

ボクは、目の前の真由美に言った。
「ゴメン、大きな声出しちゃって・・」
「少し、座って休もう」

真由美は、それでも立ったままだった。
「座りなよ」

ボクは目を上げて真由美を見た。
真由美は、静かに泣いていた。

ボクは真由美の手を引いて、横に座らせた。
「怒って、ゴメン・・悪かった」
「何か、苛々しちゃってさ、何でだろうな」

真由美は何も言わずにボクの首に両腕をまわして、横からボクを抱きしめて言った。
「自分が嫌になる」
「無神経な女で、ごめんなさい・・・」

真由美はボクのうなじに顔を押し付けて、泣きながら続けた。

「ノブさんを傷つける積もりなんて無かった」
「ただ、知りたかったの・・」
どんな所で働いてたのか、どんな人だったのか・・と。


ボクは、煙草を足元で踏み消して言った。
「優しい人だったよ」
「大人しくて目立たない、なんて自分では言ってたけどね」

「結局、オレには悪いとこなんて一つも見せずに、遠くに行っちゃった」
「考えてみれば、たった8ヶ月だもんな、付き合ったのってさ・・」
ボクは、もう苛々してはいなかった。

2本目に火を着けて、ボクは真由美を見て言った。
「怒って、ゴメン」
「ビルがさ、前とちっとも何にも変わってないって思ったら、妙に苛々しちゃって、当たり前なんだけど」
「真由美さんが悪い訳じゃないのにな」

ボクは下を向いて、自嘲した。

「ノブさん・・」
「なに?」
真由美は、ボクの首にしがみついたまま言った。

「私の事、嫌い?」
「ううん」
「じゃ好き?」

「・・・・」
「答えられないよね、こんな質問。」
「でも、嫌い・・では、ない?」

「うん」

真由美は、腕をほどいてボクの前に顔を持って来た。
そしてキスしてきた。
とても自然なキスだったから、ボクはそれを受けた。

気付いたらボクは、しっかりと真由美を抱きしめていた。

真由美は、舌を差し込んで来た。
それは柔らかくて、温かかった。

「タバコ臭い・・」そう言って笑って、真由美はまたキスをした。
今度は貪る様に、ボクの舌を絡め取って、吸った。
口を離して真由美は言った。

「ずっと思ってたの」
「ノブさんのキスって、どんな味なのかなって」

「どうだった?」
「美味しかった!」

真由美は、ボクの胸に顔を押し付けて言った。
「怒らせて、ゴメンなさい」
「もう、いいって」

「キスは?嫌じゃなかった?」
「うん、嫌じゃなかったよ、けど・・」
「けど?」

もう、これ以上はヤバいよ・・と言いながらボクは立ちあがった。

「どうしたの?怒ったの?」
「ううん、怒ってないよ」
「でも、これ以上したらブレーキ効かなくなっちゃうから」

真由美も立ちあがった。

「今夜だけ、お願いだから今夜だけ」
「・・・」
そう言って抱きついて来た真由美のふくよかな胸が、ボクの鼓動を一層速くした。

真由美は、ボクをしっかりと抱きしめて言った。

「ノブさん、ギュっとして」
ボクは、少し躊躇った後、真由美をかたく抱きしめた。

髪の匂いが女を感じさせて、ボクは目を閉じた。

「あのね、オレ・・」
「なに?」

「いい、何でもない」
ボクはこの期に及んで言い訳しそうな自分に嫌気がさして、話しを止めた。

「少し、歩こうか」

ボクらは御茶ノ水の駅に沿って、聖橋と逆方向に向かった。
真由美はボクの手を取って、振り返って言った。

「夢だったんだ・・」
「いつかこんな風に、ノブさんと手を繋いで歩けたらいいなって」

「・・・・」
「風が気持ちいいね」
「うん、涼しい」

ボクらは駅前の交番のある交差点で、青信号を待った。
ここを左に下れば、ボクのアパート。真直ぐに渡れば・・・真由美のアパートだった。

「うちに来て」
小さな声で真由美が呟いた。

「うん」ボクは、もう考える事を止めた。

こんなにもボクの事を好きだと言ってくれてる女性を、これ以上邪険にする事は出来なかった。
それに、この腕を振り払って帰るには、真由美は魅力的過ぎた。

信号が青になって、ボクらは渡った。

それから真由美のアパートに着くまでの道々、ボクらは無言だった。
懐かしいレモンの角を曲がって、アパートに着いた。

「オンボロだけど、私のお城なの」
恥ずかしそうに言う真由美がいじらしくて、ボクは自然に微笑んでいた。

アパートの階段を、真由美が先になって上り、部屋の鍵を開けた。
「入って・・」

真由美はボクを部屋の中に入れて、後ろ手で鍵を閉めた。
そして、ボクの背中に抱き付いた。

「今夜だけ・・・ね」
真由美は、ボクの前になって靴を脱ぎ、電気を点けずにボクを奥の部屋に引っ張って行った。

襖を開けると、薄暗い部屋の中にベッドがあった。
作品名:ノブ・・第2部 作家名:長浜くろべゐ