ノブ・・第2部
「これでなんとか、息出来るな・・」ひと段落して、汗だくになったボクは、シャワーを浴びた。
あがってタオルを腰に巻いたまま冷蔵庫を開けると、缶ビールが一本だけ、残っていた。
「地獄に仏ってか」
ボクは一気に、キンキンに冷えたビールを喉に流し込んだ。
「ふ〜、生き返ったな、これで・・・」
ボクは腰タオルのままで台所の椅子に座って、それでも流れ出る体中の汗を拭いた。
楽しくて、色々あった京都旅行・・・アッと言う間だったが、旅の前と後では、ボクは少し違った自分になった様な気がしていた。
昨日、親父と話したコトも含めて、自分の胸の内を人に聞いて貰うって、結構大事なコトなのかもしれないな・・と考えながら、ボクは、空になった缶を抱えて天井を見た。
暫くボーっとしていたら、オンボロクーラーが頑張ったお陰で部屋は少し涼しくなった。
ボクはTシャツを着て、トランクスを穿いて、硬い寝台に横になった。
「今頃、頑張ってるかな、あいつら・・」
京都に残してきた川村とユミさんのコトを考えて、笑ってしまった。
あんた達って、変わってる・・って言ってたのに、今度は自分達が変わり者になっちゃったな・・・と。
暫くして、ボクは眠ってしまったらしい。気付いたら窓の外は、夕暮れ色になっていた。
「何時だ?」
時計の針は7時近くを指していた。
「腹減ったな」ボクは起きだして、晩飯を食べに街に出た。
外はまだ暑くて、到底、遠くまで行く気なんか起こらなかったから、キッチン・ジローに行く事にした。
クーラーは入れたままにして、ボクは外に出た。
すずらん通りのゲートを潜って三省堂前の交差点を渡り、明大の方に少し歩いてジローに入った。
ジローは夕食時という事もあって混んでいたが、一つだけ空いていたカウンターの隅の席に案内された。
「ご注文は?」
「じゃ、ハンスタで」
「はい、ハンスタ一丁〜!」元気のいいウエイターの声で、ボクは恭子と初めて来た時のコトを思い出した。
よく食べてよく喋る子だ・・・と面喰ったもんな、あの時は。
ここを教えてくれた恵子とは来られなくて、偶然、ここの前で会った恭子と今は付き合っている・・不思議な感覚だった。
でも、またハンスタにしちゃったな、オレ・・・と独りでクスクス笑っていたら、ウエイターが不思議そうな顔で「お待ちどう様です」と料理の皿をボクの前に置いた。
「あ、どうも」
ボクもバツが悪かったが、笑ってたのは事実なんだから仕方ない、多少、変なヤツと思われても味は変わらないだろう。
スタミナ焼きとハンバーグのセットはやっぱり美味しくて、ボクはまた、機関銃みたいに話してた恭子との出会いが、懐かしかった。
「うん、美味かったな・・」
ジローのスタハンで満腹になったボクは、帰り道に缶ビールを買ってアパートに帰った。
真由美からの電話
クーラーを点けっ放しにしておいたお陰で、部屋は涼しかった。
ボクは、ビールの缶を開けて一口飲みながら、恭子への手紙を書こうと久しぶりに机に向かった。
便箋なんてシャレたものは持ってなかったから、レポート用紙の表紙をめくって、う〜ん・・と唸りだした時に、電話が鳴った。
恭子かな?
「もしもし?恭子?」
「・・・」
「もしもし?」
「ノブさん、いたんだ・・」
え、誰だろう・・・とボクは聞き覚えの無い女性の声に戸惑った。
「え〜っと、どちら様ですか?」
「真由美です、レモンの」
「あ〜、真由美さん・・でも、どうして知ってるの?番号」
「一緒に飲んだ時、教えてくれたでしょ?」
「覚えてない?」
そう言えば・・・そんな気もするな、とボクは独りごとを言った。
「キョウコって、彼女?」
「・・うん、そう」
「そうなんだ、彼女出来たんだ」
「試験の後かな、付き合いだしたのはね」
「ノブさん、あれ以来・・・お店来なかったでしょ?」
「うん、ちょっと忙しくなっちゃったから」
「試験とかでね」
「嫌われちゃったかなって思ってた」
「そんなコトないけど・・」
「ううん、いいの」
「仕方ないよね、酔っ払ってあんな醜態晒しちゃったからさ」
「いや」
「今、少しなら話してても平気?」
「大丈夫だよ、オレ1人だから」
「時々ね、かけちゃてたんだよ、ノブさんのトコに・・」
「今月に入ってからはね、試験があるの分かってたからさ、終わった頃からかな」
「でも、ずっと、何度かけても出なかったから・・・もう、帰っちゃったのかな?って」
「そのうちに、夜になったらかけるのが日課みたいになっちゃってね・・へへ」
真由美は、一気に喋った。
ボクは何て応えたらいいのか分からずに、黙ってしまった。
真由美は、続けた。
「実はね、学校に行ったの、一度だけ」
「でね、掲示板にそれぞれの学年の試験日程が出てたから」
試験中は遠慮したんだと。
「それで試験が終わって暫くして、そろそろいいかな・・ってかけたら、もう、ノブさん、いなかった」
「そうなんだ、オレ・・」
「先週の火曜日から今日まで、ずっとアパートに帰らなかったからさ」
「出かけてたんだ、京都まで」
「それって、彼女さん・・・と?」
「うん、なり行きでね、行くコトになっちゃって」
ふ〜ん・・・と言ったきり、真由美は暫く黙った。
「ゴメン、じゃ、切るね・・」
「・・・・」
どう言ったらいいんだろう、こんな場合は。
「あ、気にしないでね?私の事は」
「もう電話しないから、心配しなくていいよ」
じゃ、バイバイ!元気でね・・・と真由美は電話を切った。
プープー・・と言ってる受話器をボクは暫く見つめて、カチャっと置いた。
何か悪いコトしたみたいな気分だったが、ボクはふと思い立って、ディパックのポケットに入れてあった手帳を見た。
手帳のアドレス欄に綺麗な字で、田中真由美と書いてあり、生年月日と住所、電話番号が記されていた。
明らかに、ボクの汚い字じゃなかったから、飲み屋で真由美が書いたんだろう。
という事はオレも書いたんだろうな、彼女の手帳に。
あの時はオレ、どういう積もりだったのかな・・・と考えてみたが、思い出せない。
「付き合う積もりで書いたワケじゃないよな」
「そんな話しは、一言も出なかったから」
ボクは、飲んだ後の公園での、彼女の台詞を思い出した。
「私じゃ、ダメか?って聞いたよな、確か」
恵子の話しをして、彼女が泣いてそう言ったんだ・・と。
その時、また電話が鳴った。
「もしもし?」
「ゴメン、ノブさん・・・もう一回だけ、会ってくれない?」
「え?」
「最後に、もう一度だけ2人で飲みたいな」
「ダメ?彼女に遠慮しちゃう?」
「遠慮ってワケじゃないけどさ」
「大丈夫よ、何もとって喰おうって訳じゃないんだから」
真由美は、明るい声で笑いながら言った。
「最後でいいからさ、私にも思い出ちょうだい?」
「うん・・」
待ち合わせは、以前に行った焼き鳥屋になった。
「何か、変ななり行きだな」
ボクは、どうせ近所だから・・・とTシャツに短パン、サンダルで出掛けた。