ノブ・・第2部
「すいませ〜ん、ウーロンハイ!」
「お、いくね・・・オレも〜!」
「シンは?」
あ、まだ残ってるんで・・とボクはジョッキを抱えた。
あと1人か。でも、タカダとリエ坊だったら、最悪このままでもカッコいい演奏が出来そうだよな・・・と考えて、ボクはハッと気付いた。
ってコトは・・・ボクがヘナチョコだったら、ぶち壊しじゃん!
「ヤバいっすよ・・」
「なにが?」
「クリームみたいに3人だったら・・・オレ、責任重すぎます!」
「ははは、何今からビビってんだよ、大丈夫・・鍛えてやっから」
ボクは、決してロックマニアではない。
それどころか、小学生の頃は歌謡曲に夢中になって、古くは中村晃子、5年生になってからは桜田淳子に恋していた位なのだからね。
でも、高学年になってからは兄の影響でビートルズなんかも一緒に聞く様になって、少しづつ・・洋楽にも興味を持ちだしては、いた。
中学生になってからは、モテたい一心でギターも始めた・・・大してうまくならなかったが。
衝撃を受けたのはクイーンの「キラー クイーン」をラジオで初めて聞いた時だった。
「なにこの曲、スゲー!」と兄貴に言うと、兄はシングル盤を出してきて「聞くか?」とステレオにかけた。
大音量のクイーンサウンドは、中1の坊主頭の脳みそを思いっきり揺さぶった。
「カッコいい!」
「何だ、お前・・」
「こんなの好きなのか?」と言いながら、兄は今までボクが見向きもしなかったレコードラックから次々にシングルやLPを取りだした。
「聞いてみな?いいぞ」
ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、クリーム、ローリング・ストーンズ、ザ・フー・・・それまで洋楽と言えばビートルズしか知らなかったボクは、これらのサウンドにガツン!と打たれてしまった。
そんな中に、ジミヘンもあった。
もじゃもじゃ頭でしかめっ面の黒人、おまけに左効き。
それが珍しくてボクの目を引いた。
「これは?」
「あ、ジミヘンな」
「ソイツは・・最高のギタリストって言われてた」
「え、言われてた・・って?」
「うん、薬中で死んじゃったよ、3年前じゃなかったかな?」
「死んじゃったの?クスリって?」
「ま、LSDとかコカインとか?バンバンやってたみたいだからな、ジミヘンは」
「なに?それって」
ボクのロックの思い出は、いつもこの兄から聞いた薬物の説明の所で、ひと段落していた。
「そうなんだ、ロックやってるヤツってみんな薬中なんだ・・・」と変な刷り込みが出来たのも、この時以来のコトだった。
そんな思い出があったせいなのだろう、タカダとリエ坊の「時効」という言葉に何か暗いモノを感じてしまって、ボクは暫く静かに飲んだ。
「ね、シン?!」
「あ、はい?」
何だ、聞いてなかったの?とリエ坊に軽く睨まれた。
「あの〜、聞いてもいいっすか?」
「なに?」
リエ坊が空のジョッキを弄びながら、微笑んで言った。
「ジミヘンなんすけど、時効って?」
2人が一瞬、固まった様に見えて、ボクは後悔した。
しまった、メンバーになったって言っても、今日が初対面だもんな・・いきなりマズかったかな。
「そのコトか」タカダが少し表情を和らげて、リエ坊に言った。
「いいだろ、シンもメンバーになったんだから・・な?!」
「アンタが良ければ私はいいけど」
「ね、シン・・驚かない?」
「え、あ、いや・・・」
「実はね、高校時代にさ、ギターうまい子がいてね」
「同じ高校の軽音だったんだけどさ」
「その子は、テクはコイツに負けない位、上手かったんだけど〜」
「なんて言うかな、人とあわせると・・ダメだったのよ、走るしズレるしね」
「ま、結局・・向いてなかったのかもね、バンドにはさ!」
「はぁ・・」
「でな、オレんちに来て、一緒に練習したりもしたんだよ、暫くはさ」
「テクは凄かったんだけど・・・どうしてオレ、バンドだとダメなんだろうな・・とか愚痴も良く聞いたんだ」
「そのうちに、ノリなんじゃないか・・?って話になってよ」
「海外のギタリスト連中の話になってな、あいつ等ほら、ドラッグとか平気でやりながらセッションとかしてるじゃん?」
「はぁ、聞いた事あります・・」
「うん、そんな話してた時にな、どうしたら・・ノレるんだろ?とか言ったんだよ、ヤツが・・」
「オレな、冗談で言っちゃったんだよ・・ドラッグは無理だから酒とかシンナーでラリったらいいんじゃね〜か?なんてな・・・」
ここまで一気に喋ったタカダの目が、暗くなった。
「真に受けちゃってね、その子」
「暫くして、どこからかCビン買ってきてね・・」
「・・・あの、シービンって?」
「オロナミンCってあるだろ?」
「・・はい」
「あれにシンナー入れたヤツ、売ってんだよ、新宿とか渋谷の路地裏行くとな、売人が・・・」
「でね、ちょっとラリって部室来たりしてさ」
「結構、調子良かったもんだから・・・本人もノリノリでな、楽しそうだったんだ」
そのうちにね、お決まりのコースよ・・とリエ坊も暗い顔で俯いた。
「・・パン中になっちゃってね・・」
「パン中?」
「そう、シンナー中毒の事よ」
「シンナーの事、アンパンって言うの・・・ま、バレない様に隠語よね」
「で、アンパン中毒で、パン中・・って事」
「はぁ・・」
「・・・もう、臭くてね、ソイツが来るだけで、部室中がシンナーの匂いプンプン!」
「そうなる前にもヤバいと思ってな、何度も言ったんだよ、オレ・・」
「もう、止めろって」
「でも、遅かったのよね・・・」
暫くして、その彼は部室はおろか学校にも来なくなったのだ・・とタカダは言った。
「家に電話してもな、誰も出ないんだよ・・いつも」
アイツ、いよいよヤバいんじゃないか・・?とクラスや軽音のみんなが心配しだした頃だったらしい。
ある日の事、自宅でシンナーを吸っていた彼は幻覚に驚いたのか、何かから逃げようとしたのか・・パジャマに素足で玄関を飛び出して、家の目の前で車に轢かれて死んだのだそうだ。
「・・そんな事があったんですか」
「うん、ソイツがノリノリでやってたのがさ、ジミヘンだったんだよな」
「ほら、パープル ヘイズって曲、あるだろ?」
「はい、やろうか、って言ってた・・」
「そう、意味知ってるか?」
「いえ、分かんないっす」
「LSDの事なんだって」
リエ坊が、空のジョッキを見つめながら言った。
「皮肉なもんよね、本人がラリってさ、ジミヘン・・バンドであわせられる様になった曲が、パープ ルヘイズだもんね」
「そうなんだ・・・」
「オレな、責任感じちゃってさ、オレがあんな事言わなきゃ・・・」
「・・でも、何度も止めたじゃん、アンタもみんなも」
「止められても止めなかったのは、突き放した言い方かもしれないけど、最後は自分の意志なんじゃないの?」
「まぁな」
タカダもジョッキを空けて、ひと息ついて言った。
「それが、5年前だ・・・」
「やっと5年なのか、まだ5年なのか・・オレも良く分かんないけど」
「・・ジミヘンやりたいな、って最近思うんだ」
「アイツのストラトでさ・・・」
「なに?アンタ・・・貰ったの?酒井君のギター」