ノブ・・第2部
数時間前には考えもしなかった違う世界に迷い込んでしまった・・いや引きずり込まれてしまったみたいで、ボクは不安感と同時に不思議な高揚感を感じていた。
「オレが・・ロック?しかもドラムス?恭子が聞いたら、ブッたまげだろうな」
「出来るんかな・・いや、あれだけでも楽しかったんだから、一生懸命やれば何とかなるか・・」と独り言をブツブツ。
「な、オガワよ」
タカダが振り向いて、言った。
「お前、何やりたい?」
「え、あ・・・オレ、ですか?」
「うん、お前もロック好きだろ?」
「あの・・・さっき話してたイーグルスだったら・・」
「おう」
「呪われた夜とか?!」
いいわね、ワンノブディーズナイト・・リエ坊も振り返った。
「じゃ、イーグルスはソイツでいこう」
そうこうしてる内にボクらは大学の外に出た。
「重いから近所でいいか?」
「じゃ鳥銀にする?」
「おう、いいだろ」
オガワ、お前の歓迎会は焼き鳥屋だ!と、タカダはガハハ・・と笑いながら言った。
「鳥銀?」
聞き覚えのある名前だった。
「あ、あの店か」そう、去年恵子と行って、先日また真由美と行った・・あの焼き鳥屋だった。
不思議に縁があるんだな・・・ボクは苦笑いしながら2人の後を追った。
店は、まだ早い時間という事もあって空いていた。
隅のテーブルに陣取り、楽器を横に置いて、ボクら3人は座った。
「生でいいか?」
「はい」
「リエ坊は?ウーロンか?」
「私も・・生でいいわ」
「お、珍しいな、飲むんか?今夜は」
「ま、ね」
お絞りが運ばれてきて、タカダが生三つと注文した。
「ここの焼き鳥、うまいぜ!」
「はい、知ってます・・あと煮込みもいけますよね」
「なんだ、来た事あるんか」
「ま、近いからな・・・学校からも」
「オガワ君は?何年生?」
「医学部の1年です、リエさんは?」
「私は3年、コイツとは高校からの同級生なの」
そう言ってタカダを指差しながら、腐れ縁って感じ?と笑った。
「え、じゃ高校時代からなんですか?一緒にバンドやってたのは」
「ううん、私は高校の仲間と組んでたけど、コイツはその頃から・・ね?!」
「うん?オレか?」
その時、「おまちどーさま」と生ビールと枝豆が運ばれてきた。
「ま、いいじゃんか・・オレの事なんかより」
「まずは、乾杯だ!な?オガワ」
「じゃ、軽音入部とバンド参加、ドラムス決定を祝してカンパ〜イ!」
「ど〜も・・」
三つのジョッキがガチンとぶつかって、ビールの泡が飛び散った。
「もう、元気良過ぎよ、アンタは」
泡が手に付いたリエ坊が、しかめっ面をしながらも笑って言った。
「でも良かった・・オガワ君が来てくれて」
「え?なんでですか?ひょっとしてドラムスいなくて?」
「そうよ、秋の学園祭まで2カ月ちょっとしかないのにさ、ドラムって意外と少ないんだよね、やってる人が」
え、ちょっと待てよ・・って事はボクは、学園祭に出るのか?
「あの・・」
「ん、なに?」
「学園祭って、オレも・・出るんですか?」
「何言ってるの、当たり前じゃない!後夜祭は、軽音のバンドが全部出るんだから」
「軽音が仕切る、年に一度の晴れ舞台よ!」
「・・・ゲゲ!無理っすよ、オレなんて・・勘弁して下さい!」
シン
「大丈夫よ、今日だって初めてだったんでしょ?スティック握ったの」
「はい、そうですけど・・」
お前なら、2か月あれば人前に出ても恥ずかしくない位のレベルにはなってるよ・・・とタカダは美味そうにビールを飲んで言った。
「でも、あくまでも・・恥ずかしくない程度のレベルって事だがな」
「本気で上手くなりたかったら、とにかく聞いて叩いてまた聞いて叩いて・・」
自分で納得するまで止めない事さ、練習を・・・と今度は、枝豆をまとめて剥いてまとめて口に放り込んでモグモグしながら言った。
「はい、でも」
「人前で恥ずかしくないレベルって・・どんなんですか?」
「バカ、オレ達がオッケーだしたらそれがそうさ!」
「ははぁ、成程」
ってコトは、この2人にオッケー貰うレベルにならなきゃいけないってコトなんだな?
何か、ハードルは高そうだぞ・・と思ったが、あの叩いてる時の気持ち良さと、終わった時のなんとも言えない感じ?達成感と言っていいのかもしれない。コイツがあれば、続くかな・・・とも思えた。
「はい、頑張ります!」
よろしくお願いしますと、ボクは改めて2人に頭を下げた。
「おいおい、いいんだけど・・硬いな、オガワ君よ」
「お前、下の名前は?なんての?」
「伸幸・・身長が伸びるの伸びるに、幸せです」
あはは、いい名前だ・・めでたいな!とタカダは笑って言った。
「じゃぁな、お前は今からシンだ!」
「・・シン、ですか?」
「そう、シン!簡単でいいだろ?」
「いいね、呼びやすいよ、その方が」
「じゃ、シン・・よろしくね?!」
リエ坊に握手を求められて、ボクは少し恥ずかしかったが、よろしくお願いしますと握手した。
オレは握手はしないぜ?野郎の手を握る習慣はね〜からな・・とタカダは笑った。
でも「一緒に楽しくやろうな、シン!」と言ってくれた。
はい・・・とボクも言って、ビールを飲んだ。
何だか、いつもより美味い気がした。
「さ、何か喰うものたのもうぜ!酔っ払っちまうよ」
ボクらは焼き鳥と煮込み、サラダ、焼きうどんを頼んだ
それらを突きながら、タカダとリエ坊は「後はどうする?」と曲の相談を始めた。
「オレな、ベタベタなのも・・・やりたいんだよ」
「例えば?」
「・・・ジミヘン」
タカダは、リエ坊の目を覗きこむ様に言った。
「あんた、いいの?ジミヘン・・」
「うん、もうそろそろ時効じゃねぇか?」
ジミ・ヘンドリックスか、また渋好みだな、タカダは。
ま、ギタリストだったら当たり前なのかもね、ジミヘン好きなのは。
でも、時効って・・何かあったんだろうか、昔この2人の間に。
「う〜ん、ジミヘンね・・・で、どれ?」
「ハープルヘイズと、フォクシィレディ・・・」
心なしかリエ坊の顔が強張った様に見えたが、あえてボクは気付かない振りをして言った。
「あの〜」
一瞬固まっていたリエ坊が、ボクに向き直って言った。
「あ、シンも言って?やりたいなって曲があったら」
「はい、クリームなんかはどうですか?」
「クリームか、いいじゃん!で、曲は?」
「サンシャインオブユァラブ、好きなんですよ、オレ」
「サンシャインラブか・・いいな、オープニングに持ってきたらピッタンコじゃん?」
「難しくねぇしな!」
「え、クラプトン・・・難しくないんですか?」
はは、あの頃のクラプトンはなとタカダは笑った。
「いいかもね、最悪・・キーボもギターも見つからなかったら3人でやれるしね」
「おいおい、全曲ギター1人って結構厳しいんだぜ?分かって言ってるのか?お前・・」
「なによ、クラプトンに出来て、アンタに出来ないって言うの?!」
「いや、そうじゃねぇけどさ、もう1人欲しいじゃん、メロディー・・」
ま、それもそうなんだよね・・あと1人いたら音も厚くなるんだけど・・とリエ坊はジョッキを空けた。