ノブ・・第2部
「雰囲気、出ないんだよ、ギターだけじゃさ」
え、でも・・・と断ろうと思ったら「いいのいいの、真似で」
「あ、煙草ある?」
「はい」
ボクはセブンスターを1本あげた。
「サンキュ!」
男はポッケからジッポを出して火を点けた。
そして「ん・・」と火の点いたジッポをボクの目の前に差し出した。
「・・どうも」
ボクも1本咥えて、火を貰った。
「ふ〜、暑いな・・夏は・・」
「何年?何学部?」
「・・医学部の1年です」
「何だ、同級生じゃんか・・オレも医学部の1年だよ。って言っても2回目だけどな」
「え、そうなんですか?」
あはは、敬語は止めようぜ、同級なんだからと男は笑いながら言った。
「名前は?」
「小川」
「オレは高田、そうか新入生か」
だから分からなかったのかな?いや、違うな・・とタカダは独り言の様に喋った。
「学校、真面目に行ってる?」
「うん、取り敢えずは・・」
「オレ、半分以上、出てないんだ・・色々忙しくてさ」
「平気、なの?単位とか、試験とか」
「試験?あはは・・全部再試!」
タカダは笑いながらまた、ギターを手に取った。
「さてと・・いくか」
タカダは、ギターとアンプのスイッチを入れ、ボクにドラムセットに座る様に目で促した。
「あ、スティックは・・ほら、横のフロアタムに袋が下がってるだろ?」
「そん中から使いやすそうなのを2本、取りな」
これかな?ボクは椅子に座って、右側にある大き目のタイコにぶら下がってた革袋を見やった。
袋の口は開いてて、何本もの木のスティックが頭を出していた。
そこから、2本取りだした。
「これでいいですか?」
「おう、何でもいいさ」
「あ、一応教えとくけど・・その左にある上下に合わさったシンバルがハイハット。右手で叩いてくれ」
「で、足の間にあるのがスネア、コイツは左手で叩くんだ。その上に2個並んでるのがタムタム・・」
「下のデカいのがバスドラってヤツだ。ソイツは下にペダルがあるだろ?それを踏むと音が出るから」
「・・・はあ」
じゃ、エイトビートでハイハット刻んでくれ・・と、タカダはいきなりイントロを弾きだした。
「・・ちょ・ちょっと」
もうボクの方なんか見てない・・・勝手なヤツだなと思ったが、同学年とは言え留年生だって一応は先輩だから、ボクは仕方なしに両手にスティックを握った。
イントロを聞きながら、ボクは見よう見まねで叩く準備をした。
右足をバスドラのペダルに置いて、左足はハイアットのペダルを踏んだ。
左のペダルを踏んだまま膝でリズムを取り、いよいよイントロが終わりそうになった。
その時初めて、タカダがボクを見て、コクっと・・頷いた。
「ここか・・」
ボクは思い切って叩き始めた。
エイトビート・・・ロックの基本中の基本のリズムだったから、何とか右手でハイハットを刻みながら、左手でスネアを叩くことは出来た。
バスドラのペダルはよく分からなかったから、ハイハットの頭に合わせて、適当に踏んだ。
そのうちに曲を思い出したボクは、口ずさみながら叩いた。
「エイトビートって事は・・・」
こんな調子でいいのかな?と思いながらも、ボクは楽しくなっていた。
好きな曲だったせいもあるんだろう、歌詞を口ずさみながら気分はすっかり、猫メイクのピーター・クリスだった。
タカダのギターのコピーは、正確だった。
「この人、ひょっとしたら凄く上手いんじゃないか?」
ボクが四苦八苦しながらドラムと格闘している最中に、もう1人部屋に入って来た。
髪の長い女の人だった。
大きな黒いケースを肩にかけて、それをそのまま壁に立てかけて本人も壁に凭れかかってボクらの演奏を聞きだした。
「・・・そろそろ、だな」
曲は最後に近づいてきて、ボクはどうやって終わるんだっけと考えた。
確かレコードでは、繰り返すリフレインでフェードアウトしていったよなと思い出し、どうやって終えるんだ?とタカダを見た。
するとタカダもボクを見て、ゆっくりと首を縦に振りながら、最後のコードを弾いた、心持、長く・・・。
ボクは少しカッコ付けて、スネア、タムタム、フロアタム・・と順に叩いていって、最後にバスドラとシンバルを一緒に、叩いた。
その最後に、タカダは最後のコードを合わせてくれた。
「ふ〜〜、終わった・・」、汗びっしょりのボクの、正直な感想だった。
「ヘイヘイ〜!いいじゃんよ、オガワ君・・」
「初めて叩いたにしちゃ、なかなかサマになってたじゃん!」
タカダが手をパチパチ叩きながら言った。
「有難うございます、知ってる曲だったから・・でも、楽しいっすね、ドラム!」
なに、アンタ初めてなの?ドラム・・・と壁に寄り掛かったまま、女の人が話しかけてきた。
「・・はい、なり行きで」
「じゃ、オカズ無しもしょうがないか・・」
「え、オカズって?」
「サビのフレーズなんかで入れるでしょ?シンバルとかタムタムとかさ」
「あ、はい・・分かります」
「でも、一杯いっぱいで・・すんません」
「あはは、謝らなくてもいいよ」
「でもさ、初めての割には、本当に様になってたわよ?」
「な、リエ坊・・いい感じだったよな、オガワのタイコ!」
タカダがリエ坊と呼んだ女の人は、ギターアンプの上に腰掛けて煙草に火を点けた。
「どこ、入ってんの?」
「はい?どこって?」
「クラブよ、どこ?」
「あ、帰宅部です」
ガハハ・・とタカダが笑った。
「じゃ、決まりだな!オガワ、お前・・ドラムス決定!」
「え・え〜〜?!」
「いいんですか?そんな簡単に決定なんて・・」
「バカ、軽音なんて、そんなもんさ。お前、叩いて楽しいって言ってたじゃん?!」
「はい」
「それで上等!」
そんな簡単にドラムス決定なんて・・いいのかな?と思ったが、叩いてみて楽しかったのは事実だった。
「さて・・」
ボクがどんな顔をしていいのか悩んでいるうちに、リエ坊とよばれた女の人は煙草を消して、黒いケースのジッパーを開けてベースを取り出した。
シールドをベースアンプに繋いで、ボンボン・ブンブンと音を出しながら、リエ坊はチューニングを始めて言った。
「今の、キッス・・」
「私も完全じゃないけど、合わせてみるから・・もう一回ね!」
「え、もう一回ですか?」
「うん、そう」
「あ、アンタ歌ってたね、さっき」
「はい、歌詞は何となく・・うろ覚えですけど」
どうせなら歌いながら叩いたら?ピーターみたいにさ・・と、リエ坊はチューニングを終えて、笑いながら長い髪を後ろで束ねた。
髪を束ねたせいなのか、キリっとしたリエ坊の笑顔が眩しくて、ボクはドギマギしてしまった。
「い・いや、勘弁して下さい、ドラムだって初めてなのに・・歌いながらなんてムリっすよ!」
「そっか、じゃ今度でいいわ」
いいよ、いこうか・・とリエ坊がタカダを見て、同じくチューニングをしていたタカダがボクを見て・・・ボクは、頷くしかなかった。
イントロが始まり、途中からベースが入ってきた。
「あ、やっぱ締まるな、ベースが入ると」
今度は、さっきよりは少しだけど気持ちに余裕を持つことが出来た。