ノブ・・第2部
ボクは風邪でも引いたのかな?と心配したが、先生に欠席の理由を聞ける訳も無く、ただ1人でジリジリしていた。
そして木曜日、いよいよ今日が彼女の誕生日という朝、ボクはいつもより早く起きてしまい、ソワソワしながら朝飯をかっこんで勇んで学校に行った。
朝の学校独特のガヤガヤした雰囲気の中、ボクは彼女が現れるのを待った。
しかし、朝の学活の時間になっても彼女は来なかった。
起立・礼・・着席!の後、担任の先生が話しだした。
「ニシカワさんは、お家の都合で昨日、引っ越ししました」
「突然の事だったので、皆さんにお別れが言えなくてニシカワさんも残念がってましたが、今日はこれからニシカワさんに寄せ書きを書きましょう」
「各班、1枚づつ色紙を渡しますね」
え〜〜?!聞いてね〜し!
愕然・・とはこういう時に使うんだろうなとボクはぼんやり考えながら、アングリ開いた口を塞ぐのも忘れてポカンとしてしまった。
「ほら、班長、1番に書けよ!」
「え、あ・・おう!」
いきなりボクの前に差し出された色紙に、ボクは迷った挙句・・ハートの半分の絵を描いた。
そしてその絵の下に「今度な・・小川伸幸」と書いた。
班の仲間が「何だ?この絵・・ハートじゃん!」
「ね、班長、何で半分なの?」
「あれ〜?班長・・赤くなってるよ?!」
「ひょっとして、お前ら付き合ってたんか?」
「うるせ〜な、いいじゃんよ・・どうだって」
「うわ〜、付き合ってたんだ!で、ニシカワが転校しちゃったから、ハートが半分になっちゃったんだな?!」
ボクは確かに赤面したが、みんなに囃されて今度は段々、ムカムカして顔が赤くなってきた。
「いけね〜のかよ、付き合っちゃ・・あ?!」
「お前らに迷惑なんかかけてね〜だろ!」
「あ、班長・・怒ったぜ!」
「や〜い、彼女が転校しちゃったもんだから」
「うるせ〜!」ボクは色紙とサインペンを机にバンと叩き付けて、教室を出た。
「や〜い、や〜い照れんなよ、オガワ!」
そんな声がボクを追いかけてきたが、ボクは振り向かずにトイレに駆け込んだ。
トイレの個室の中でボクは情けなくて悲しくて・・・つい、ポロっと涙を零してしまった。
「今日、渡そうと思ってたのによ」
「あのバカ!」
ボクは突然いなくなった寂しさと同時に、引っ越しを知らされなかった事にも憤ってたんだろう。
自分は特別だと思ってたからね。
その時、トントン・・と個室のドアを誰かがノックした。
「オガワ?いるんでしょ?」
「はい・・」
「出てらっしゃい、先生、怒ったからもう大丈夫よ?!」
ボクはバツが悪かったが、個室の鍵を開けて出た。
1日をトイレで過ごす訳にいかないのは、分かってたからね。
給食だって食べたいし。
先生に連れられて教室の戻ると、思いの外、教室は静かだった。
「みんな、オガワがニシカワを好きで何が悪いの?」
「先生はオガワの気持ち、良く分かりますよ」
「いいなって思う人、いるでしょ?みんな」
「その人がいきなり転校しちゃったら、みんなだって寂しく思うはずよ?」
「なのに、そんな気持ちのオガワをからかって面白い?」
そうか、それもそうだな・・等と、教室のあちこちからボソボソと話し声が聞こえてきた。
ボクは先生の弁護で、逆にもっと恥ずかしくなってしまった。
確かにさ、その通りだけど・・。
「先生・・オレ、席に着いてもいいですか?」
「あ、はいはい・・じゃ、みんな色紙書いてね!」
班に戻ると「・・ゴメンな、からかって」と囃した連中が謝ってきた。
「いいよ、別に」
色紙を書きながら、ボクらの班はそれから暫く・・・誰がだれを好きか?なんて話で盛り上がった。
しかし、他の班には事情通がいて「トーサンしてヨニゲしたってお母ちゃん言ってたぞ?!」とか「ショーバイに失敗したらしいぜ」とかの聞きかじりの野次馬根性丸出しの情報が飛び交っていた。
その頃のボクらには、その意味する所は正確には分からなかったが、何か楽しい引っ越しではなさそうな雰囲気は伝わって来た。
それから何日かは、ニシカワ家の引っ越し(夜逃げ?)の話題で盛り上がったが、結局何が正しいのかは藪の中だった。
先生もボクら子供に教えるべきではないと判断したんだろう。
「色紙は、先生が責任を持って、ニシカワさんに送りましたからね」と数日後の学活で報告してくれて、ひと段落した。
数年後の同窓会でもその話題が出て・・・ニシカワ家の夜逃げは本当だったらしいという事が分かった。
でも、彼女の連絡先を知ってる同級生は皆無だった。
「結局、あのペンダント、どうしたんだっけ?」
ボクは水割りをチビチビやりながら、思い出そうとした。
しかしハッキリとは思い出せなかった。
もしかしたら、実家の部屋を漁ったら出て来るかもな・・・とボクは1人で笑った。
「結局、渡せなかったね、ゴメン・・・」
ボクは今でも覚えてるニシカワの笑顔に語りかけた。
「でもお前、あの歳でえらい経験しちゃったんだな・・大変だったろうに」
ボクは、コップを抱えて淡い初恋の思い出に浸った。
「お前が教えてくれたウイスキー、今はこうして飲めるようになったよ・・」
「お前もどこかで飲んでるのかな?」
ボクは、彼女が元気だったらいいなと思って水割りを作った。
ウイスキーの小瓶が、これで空っぽになった。
「今度は奮発して、ジョニ黒、買ってみるか!」
ボクは最後の水割りを大事に飲みながら、小学校時代を思い出していた。
掃除の時間に放送で流れた「マイムマイム」や、給食で奪い合った鯨の竜田揚げや揚げパン。
夏のプールでは、消毒用のカルキ玉を悪ガキ仲間みんなで全部プールサイドに放り投げて、しこたま怒られたコトなど。
「バカだったな、オレ達・・」
「今度探してみるか、ペンダント」
ボクは笑いながら独りごちて、寝台に横になった。
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翌朝ボクは、着の身着のままの汗びっしょりで目が覚めた。
朝というか時刻はもう・・昼近かったのだろう、外はいい天気で部屋の中は蒸し風呂の様になっていた。
「ひゃ〜、参ったな・・あのまま寝ちゃったんだ」
ボクはクーラーのスイッチを入れて、軽い二日酔いでガンガンする頭をシャッキリさせようと、シャワーを浴びた。
シャワーを終えて、少しはさっぱりした。
「さて、どうするか」
と言ってもする事、しなきゃいけない事は差し当たって無かった。
「あ、そうだ・・恭子に手紙、書くか」
「五山の送り火の件も伝えなきゃ」
ボクは机にレポート用紙をひろげて、恭子に手紙を書いた。
五山の送り火は16日であること、京都市内は混雑するからおばちゃんが前日からの宿泊を勧めてくれたこと。
迷った挙句、恵子の墓参りに行った事と、そこでの諸々は、一切書かなかった。
「ゴメンな、恭子・・」
自分の気持ちが揺れている事を手紙に書くのが、ボクは怖かったのかもしれない。
文字にしてしまうと、その時点で確定してしまいそうな気もして。
「は〜、ズルいヤツだ・・オレは」
告白したら、どうなってしまうんだろう・・・。
「恭子は、呆れて軽蔑するんだろうな」