ノブ・・第2部
どうあっても、早く決めなければいけないらしい・・・。
「うんと・・お勧めはなに?」
「叉焼麺と餃子と炒飯・・」
「・・あと、広東麺も美味しい」
女の子はぶっきら棒に言ったが、正直そうな子だったのでボクは信じる事にした。
「じゃ、叉焼麺と餃子と炒飯と、ビール。」
「瓶?生?」
「んじゃ生で!」
「チャーシューメンギョーザチャーハン、生一丁〜!」
女の子はありったけの声で厨房に向かって一気に叫んで、ボクの前に水色の伝票を置いて行った。
「元気いいな・・」
ボクが一服しようと煙草を咥えたら、また音も無くさっきの女の子が灰皿を赤いカウンターに置いてくれた。
「有難う・・」
お礼を言おうと振り返った時には、女の子はもう向こうに行っていた。
一服しながら、カウンターにあったスポーツ新聞を眺めていたら「・・・・」と、無言のうちに生ビールが運ばれてきた。
「どうも」ボクは、早速グイっと一口いった。
「ふ〜、美味しい・・」
鼻の下に泡を付けて、ニヤニヤしてしまった。
ボクは、ビールを飲みながら恭子を思い出した。
「好きだったもんな・・今頃、飲んでるのかな?それとも・・」
さすがに従妹連中が来てても、ご両親の前では思う様には飲めないだろう恭子が、少し可哀想になった。
よく飲んだよな・・・ボクはまた、京都のおばちゃんちを思い出して懐かしい気分になった。
カウンターに片肘突いてもの思いにふけっていたら、またドンと無言で叉焼麺が置かれた。
「・・・お待ちどう様位、言えばいいのに」
ボクは、おばちゃんちで覚えた接客の心得を無愛想なお姉ちゃんに教えてあげたくなったが、見渡したところ・・どのテーブルにも料理を置く時のひと言は無かったから、この店の流儀なのかな?と思って、止めた。
「さて・・」
叉焼麺は、丼一面に叉焼がこれでもかという位に載ってて、麺が見えなかった。
へ〜、凄いじゃん!腹ペコのボクは早速かぶりついた。
「うまい!」
美味しかった。叉焼は割としっかりとした歯応えで、麺は細めの中華麺・・・スープは鶏ガラなんだろう、なじみの味でどんどんいけた。
次にまた、無言でトンっと炒飯と餃子が来た。
炒飯も香ばしくてホロホロしてて、美味しかった。
「美味いな、これも・・」
「さて、こっちは・・」目の前のカウンターに調味料の小瓶が並んでたから、少しの醤油とラー油、多めの酢を小皿に入れた。
「アツ!」餃子を齧ったら、中の具が熱くて、ボクは口の中を火傷しそうだった。
慌ててビールを流しこんだが、餃子もまた美味しかった。
パリパリの皮に柔らかい具、コイツは今まで食べた餃子の中でもダントツだ。
叉焼麺、炒飯、餃子・・・ボクはそれぞれを交互にバクバク食べながら「こんなに美味しかったら、多少お姉ちゃんの態度が悪くても客は文句言わなくなっちゃうな」と妙な所で感心してしまった。
それらを美味しく平らげて、ビールも空けて一服した。
「ふ〜、美味しかった・・腹いっぱいだ」
「ビール、お代わりは?」
そのお姉ちゃんが、いきなり聞いてきた。
全くいつの間に・・。この人は忍者の末裔か?
「あ、お腹一杯」
「何か飲む?もういい?」
「はい、お勘定を・・」
女の子は黙って無表情で、右手で出口のレジを差した。
ボクが伝票を掴んでレジに向かうと、素早くその子もレジに来た。
「ご馳走様、美味しかった」
「うん、私、嘘は言わないから・・」と初めてニッコリと微笑みながらお釣りをくれた。
「あ、笑うんだね!」
「当たり前でしょ」
チラっと睨まれてしまったが、ボクは何故かおかしくなって笑ってしまった。
「ゴメンなさい、だってずっと黙って料理出ししてたから・・」
「いいけど、別に」
女の子はまたニッコリして「ありがとうございました!」と言った。
店を出たボクは、少しいい気分だった。
ホロ酔いだったせいもあるんだろうけど、料理が美味しかったのと忍者も笑うんだと分かったのがおかしくて。
でも、すずらん通りをブラブラとアパートに向かって歩きながらボクは、段々と自分の心の在り処が分からなくなっていた。
恭子とさゆりさんの存在、恵子の存在・・思い出と言うべきか。
さっきは、ビールを飲みながら恭子を思っていた。
満腹になった今は、あのさゆりさんの旅館の部屋を思い出している自分。
「どうなっちゃってるんだ?オレは・・」
もしも今ここに、恭子とさゆりさんがいたらボクはどういう顔をするんだ?
どっちの手を取って、アパートに向かうんだろう。
「・・分かんない」
頭がこんがらがりそうになったボクは、アパートに帰りついてもう一度恭子の手紙を読みなおした。
そこにはボクの事を微塵も疑っていない、あの元気な恭子が溢れていた。
飲み助の多飯食い・・そして、明るくてエッチで可愛くて。
「は〜」
ボクは今更ながら、さゆりさんと出会ってしまった事に、してしまった事に押し潰されそうになった。
でも、あの状況で断るなんて事は出来なかったし・・もっと正直に言えば先にやりたいって思ったのは、ボクの方だったんだよな・・・とため息交じりに恭子の手紙を、テーブルに置いた。
「言えるワケ、ないよな・・・」
思わず呟いた。
両手を枕に寝台に仰向けになって、ボクは薄汚れた灰色の天井を眺めながら「は〜」っとまた、ため息をついた。
天井を見つめながらボクは、恭子とさゆりさんの顔を思い出した。
初めての恋愛と言っていい恵子との時間が、突然プツッと途切れてから、ボクは2人の女性を愛したコトになる。
1人は、真っ暗で人を寄せ付けなかったボクを明るく照らしてくれて、孤独から解放してくれた。
もう1人は、亡くなった恋人との思い出を共有して、共に涙を流してくれてた。そして、新しく恋人をつくったボクを仕方ないと言ってくれた。
「何してるんだろ、オレ・・・」
いくら考えても結論は、出なかった。
「この事だったのかな」ボクはさゆりさんの言った一言を、今更ながらに思い出していた。
男って、どうしようもない生き物なんだ・・・という言葉を。
ボクは、考える事が面倒になって止めた。
「飲むか」
冷蔵庫を開けたが、そこには1本のビールも無かった。
「仕方ないな・・」ボクは外に酒を買いに出た。
飲みに行くには1人は侘しいし、また酔って徘徊するのにも懲りていたから。
近所の酒屋で缶ビールを半ダースと、久しぶりにコークハイが飲みたくなって、安いウイスキーの小瓶とコーラ、あとパック入りのスルメを買った。
「よく飲んだな、コークハイ・・」
ボクは中学3年生の頃を思い出して笑った。
先生にセックスの手ほどきを受けた後、「1杯だけよ?!」と飲ませてくれたコークハイが、大人の味がして嬉しかったのだ。
「真っ赤な顔で帰る訳には行かないでしょ?少し休んでから帰りなさい」と先生は言った。
でも味を覚えてしまったボクは、それからも親に隠れてちょくちょく自分の部屋で飲んでいたのだ。
部屋に戻ったボクは、ビールを冷蔵庫に入れて、コークハイを作って飲んだ。
「ひゃ、懐かしいな・・・」