ノブ・・第2部
「なんが?」
「オレ、さっき親父に話しちゃったんだよ、恭子と付き合ってるコト」
「本当に?」
マズかったかな・・とボクが聞くと、恭子は言った。
「ううん、逆っちゃ!」
「嬉しか!」
「昨夜、うちにも電話があったんだって、恭子んちからね」
「で、お前ら、どんな関係なんだ?って聞かれたからさ」
一緒に京都にいたって話ちゃった・・とボクは正直に言った。
「そうね・・アンタのとこまで」
「うち、新学期になったら有名人やね、きっと」
「うん、多分、学年中のね!」とボクが笑って、恭子も笑った。
「でもね、親に心配かけるのは止めろって釘刺されたよ」
「ごめんな、アンタまで怒られてしもうて」
「でも、その通りやね」
うちもこれから気をつけるっちゃ・・と笑って言った。
恭子は続けた。
「はぁ〜、良かね」
「ん?有名人になったのがか?」
「違うっちゃ、アンタの声」
「聞いてるだけで落ち着くっちゃ・・」
「有難う、でも、オレも同じだよ」
さっきまで、色んなコト思い出しちゃってさ、暗かったんだ・・・ボクは少し迷ったが正直に言った。
「実家に帰ったのは、春以来だったからさ」
「時間が止まってるんだよ、オレの部屋」
「そうね」
「うん、でも恭子の声聞いたら、何か元気出てきたよ!」
本当にその通りだった。
電話とは言え、恭子と繋がってるってコトがボクの時計を動かしてくれてるみたいな気がしていた。
「ね、アンタ?」
「うん?」
「思い出して、泣かんでな?うち・・・今はそばにおられんとやけん」
うん、大丈夫。有難う、恭子・・とボクは言った。
微笑みながら自然に。
「したら手紙、書くけね?!」
「うん、待ってる」
「どっち?アパート?お家?」
「アパートに戻るよ、明日には」ボクは即答した。
このままここにいたら、また思い出に包まれてしまうだろう。
時にはそれもいいのかもしれないが、今は恭子との旅を終えた寂しさが思い出をどういう風に変化させてしまうのか・・・怖かった。
「大丈夫なん?アパートに一人で」
「多分ね」
「ここにいたら・・そりゃ便利だけどさ、でも昔と今がごっちゃになってるから」
「うん、分かったっちゃ」
「手紙はアパートに出すけね」
「うん、お願い」
「じゃ、暫くしてパパさんに怒られても、あんまり落ち込むなよ?」
「あはは、もう大丈夫やけ」
「さっきまで、ビビっとったっちゃけど、もうどうにでもなれ・・っちゃ!」
「大丈夫、二学期は頑張ります!って言っとけばさ」
「うん、アンタ・・・勉強、手伝ってな?!」
任せときな・・と最後は笑って、ボクらは電話を切った。
そうなんだな、やっぱり恭子のお陰なんだ。
ボクが、笑うコトと、そして人を好きになって心の底の方がジンワリする温かさを思い出したのは。
ボクは、一つ・・・心に入ったヒビの凸凹が埋まった気がした。
「アイツがいなきゃ、オレ、もうダメなんだな」
気付いたら、声に出して言っていた。
ボクは階段を下りた。
台所では、お袋さんが夕食の支度をしていた。
「手伝おうか?何か・・」
「あら、電話終わったの?」お袋さんは、まな板で野菜をリズミカルに刻みながらそのまま言った。
「うん、もう切ったよ」
「あんた達、付き合ってるんだってね」
「え、何で?」
「聞こえてたわよ、さっきのお父さんとのヒソヒソ話」
「ありゃ・・」
「ま、いいけどね・・・もう大学生なんだから」
「でもね、大学生だから・・子供じゃないんだから無責任な事だけはするんじゃないわよ?!」と言って、クルっと振り向いた。
右手に持った包丁はそのままに、おふくろさんの目は思いの外真剣だった。
「う、うん、分かってる」
でもさ、包丁を向けて・・はどうかと思うよ?お袋さん。
分かってるんならいいわ、とお袋さんは向き直って包丁を本来の目的に戻した。
実家
夕食は、ヒレかつと豚汁だった。
「伸幸、お父さん呼んできて!」
「ほい」
診察室に通じるドアを開けて、親父に声をかけた。
「ご飯だってよ」
おう、今行く・・と親父は答えて白衣をハンガーにかけた。
「お、トン汁とカツか」
ま、夏を乗り切るには栄養付けなきゃな・・と親父は手を洗って食卓に着いた。
「母さん、ビール!」
「はいはい・・」
お袋がビールとコップを二つ、持って来た。
親父が二つのコップにビールを注いで、ボクに渡してくれた。
「さ、乾杯するか」
「何に?」
「ま、お前が無事に一学期終えて成績もまずまずだった事と、彼女へだな」と笑いながら。
「うん」
「じゃ、乾杯!頑張れよ?これからもな」
ボクと親父がグ〜っとコップを空けた時、お盆に漬物とサラダを持って来たお袋さんが言った。
「あら、何・・伸幸が飲んでるの?」
「え、いけなかった?」
「いいけど、あんたも飲むのね、知らなかった」
お袋さんはブツブツいいながら、コップをもう一つ持って来た。
「お母さんにも頂戴、台所は暑いんだから!」
「これはこれは、気が付きませんで」
親父がおどけて、お袋にお酌した。
お袋さんも一気にコップを空けた。
「ふ〜、ビールが美味しいわね、こう暑いと」
「さ、食べよう!頂きま〜す」とボクは食べ始めた。
カツに豚汁、茄子の漬物、サラダは、醤油で焼いた鳥のささ身を細く割いて、切った野菜と混ぜ込んでマカロニも入ったやつ。
久々の、我が家の懐かしい味だった。
「どんなモノ、食べてたんだ?京都では」
食べながら、親父が言った。
「うん、美味いもの食べたよ、沢山ね」
「初めて食べたものも多かったし」
「どこに泊ってたの?お金足りたの?」
「京都に行った日の昼にね、駅の近くのうどん屋さんでご飯食べてさ・・」
「そこのおばちゃんと仲良くなって、元は民宿だったんだって、そこ」
「で、暫くそこの手伝いしながら泊めて貰って、ご飯も食べさせて貰ってたんだよ」
「あら、じゃ宿のお金はちゃんと払ったの?」
「あ・・払ってないや、そう言えば」
手伝ったとは言え、結局は赤字だったんじゃないのかな・・とボクも考え込んでしまった。
「手伝ったって、お前」
「大した働きなんか出来んかったろう?」
親父が言った。
「うん、確かに」
ボクは、店の開店準備と掃除、風呂掃除に注文聞き位しか出来なかった・・と言った。
「う〜ん、掃除は、まあ重労働だからな、お前でも役には立ったかもしれんが」
「しかし、何泊したんだ?結局」
ボクは指折り数えて「・・5泊だね」
「1泊、いくらの宿なんだ?そこは」
「分かんない、民宿はもう随分前にやめたって言ってたし、1泊の料金は聞かなかったよ」
ふ〜む・・親父は食べながら難しい顔をして「ま、請求されなかったんだから、仕方ないが」
「でもな、礼状位はきちんと出せよ?!」
うん、分かってる・・と言いながらボクは、おばちゃんの店の住所も電話番号も知らない事を思い出した。
「後で恭子に聞かなきゃ」
「そう言えば、伸幸」今度は、お袋さんが聞いてきた。
「その彼女の親御さんは、あんたと一緒だった事、ご存じなの?」
「いや多分、知らないと思う」
「女友達とってコトになってたからさ」