ノブ・・第2部
さゆりさんがハンドタオルを差し出した。
「有難う・・」
「いいとこだね・・」
「はい、私も嫌な事があったりすると、来るんです」
ボクらは滝壺近くの岩に腰掛けて、滝を眺めた。
聞こえてくるのは、滝の音と蝉の声、風にそよぐ木々の葉摺れの音だけだった。
「こんなに、いい所なのに、人来ないんだね・・」
「さっきの道もそうだったけど、観光地化されてないからかな?」
「・・・」
さゆりさんは、なぜか答えなかった。
「昔から、なの?」
「・・はい」
さゆりさんの答えの歯切れの悪さが、なぜか引っかかった。
ボクは聞いた。
「どうしてなんだろう、何とかの滝・・って売り出せば、お客さん来そうなのにね!」
「ここは・・」
「実は私有地なんです」
「え、私有地って事は、まずいんじゃないの?ここにいちゃ・・」
「あ、大丈夫です、私たちは」
「・・・さゆりさんの知り合いって事?持ち主が」
さゆりさんは一瞬迷ったように下を向いた。
言うか、言うまいか・・・。
「実は・・うちの山なんです」
「だから、私達は平気なんです・・・」
「え〜?!」
正直、驚いたボクは、さゆりさんの顔と滝とを交互に見比べて、アングリと口をあけてしまった。
「驚いたな・・ほんとに?!」
「はい、だから、滝に来る道も整備してなくて・・街でも知ってる人って・・」
「あんまりいないと思います、この滝の事」
さゆりさんの話によれば、この山の上には、さゆりさんちが先祖代々、大切にしている小さな神社もあるらしい。
さゆりさんちは、この街の古くからの地主で、江戸時代は庄屋・・つまりは名主だった、との事だった。
「・・・すごいね、名主の子孫って、オレ初めて会ったよ」
「そんな・・私は普通です、ノブさん・・」
さゆりさんは何故か、俯いてしまった。
「あ、ごめん・・勿論、変な意味じゃなくてさ・・」
単純に凄いなってコトだよ・・とボクはあわててフォローした。
「でも、いいじゃん?こんな素晴らしい所が自分ちなんてさ?!」
「・・・そうでしょうか」
「何か、あるの?」
揉め事みたいなの・・とボクはさゆりさんを覗き込んで聞いた。
「父の病気も、半分はこの山のせいみたいなもんなんです」
「・・どういうコト?」
さゆりさんは、ゆっくりと話しだした。
代々の地主であるが故に、親類縁者の中には本家を面白く思わない者もたくさんいて、事ある毎に色々と言ってくるのだそうだ。
「うちには、家訓があって・・」
「うん」
「本家が山を管理するっていう決まりなんです」
でも・・分家の人達にとってみれば、本家があの山を独占しているのが面白くない。
きちんと整備すれば、立派な観光資源になるのに、本家は金の苦労がないから、そんな簡単な事も分からない・・・と陰口を言われるらしい。
「つまり、皆さん・・うちの山でお金儲けがしたいんです」
「そうなんだ・・ごめんね、オレ・・」
「整備すれば人来るのになんて言っちゃって」
「いいえ、ノブさんが悪いなんて思いません」
「普通、そう考えると思います・・」
でも・・とさゆりさんは続けた。
「父も母も、この山はそのままで残したいんです」
「ご先祖様たちから受け継いだままで・・」
「でも、この街にはこれといった観光資源がないもんですから、街の人を親戚が焚きつけて・・」
父を責めたてたんです・・と、さゆりさんは言った。
涙をこぼしながら。
「その集まりの後でした、父が倒れたのは・・」
「そうだったんだ・・・」
「ごめんなさい、内輪の恥を晒しちゃいましたね、私・・」
「ううん、そんな事ないよ。でも・・」
「さゆりさんも、お父さん達と同じ考えなんだね?」
「・・はい」
「だから・・か」ボクは納得した。
なぜ、さゆりさんが自分の故郷を語る時に、宿命という言葉を使ったのかを。
「うちって・・」
「何故か代々、女腹で・・決まって一人しか生まれないんです」
「だから、父も婿養子で・・」
私も一人っ子・・と小さく笑った。
「私も、東京を引き払って帰って来た時に、そういった事情を母から聞いて・・」
「決心したんです、私もここを守ろうって!」
「今までここに一緒に来たのは、恵ちゃんと、もう1人・・だけ」
「ノブさんが、三人目です」
さゆりさんは、笑ってボクを見た。
もう、泣いてはいなかった。
「恵子も、知ってたの?その事情を」
「いいえ、うちの山って事は知ってましたけど」
「・・・いい所ね、って言ってくれました」
「高校生の時でした。二人で自転車で大汗かいて・・」
さゆりさんは懐かしそうに言った。
「二人でこうして滝を見ながら、話したんです」
「私たちって、これからどういう人生を送るんだろうねって」
「私は、スチュワーデスになりたかったんですよ・・こう見えても!」さゆりさんは笑いながら言った。
「恵ちゃんは、英語の勉強したいって言ってました」
「出来れば大学に行って、教職取りたいなって」
そうだったんだ、恵子。
ボクは、恵子の夢を初めて聞いた。ふと恵子の顔が浮かんできて、ボクは微笑んだ。
「恵子、言ってたよ」
「本当は四年制に行きたかったってね」
「・・はい、言ってました、恵ちゃん・・」
「でも、結局・・恵ちゃんも私も、夢は叶わなかったんです・・」
「・・・」
「夢は夢のままの方が、いいんですかね・・」
神様って、意外と意地悪ですよね・・とボクを見たさゆりさんの目には、また涙が溜まっていた。
「・・さゆり」
ボクは思わず、さゆりさんを抱きしめた。
この小さな肩に、どれ程の重荷をこれからこの人は背負っていくんだろう・・。
「ノブさん・・」
「ごめんさない、色々喋り過ぎですね、私・・」
「ううん、そんな事ないよ」
「有難うございます、こうしてここで・・抱きしめて貰えて・・」
「私・・幸せです」
「ノブさん、お願いがあるんですけど・・」
「なに?」
「・・キスして下さい」
うん、いいよ・・ボクはさゆりさんにキスをした。
木漏れ日の下で、滝の音を聞きながら・・。
キスしながら、さゆりさんの息遣いと胸の柔らかな膨らみに、ボクは反応してしまった。
「ち、ちょっと、ゴメン・・」
ボクは慌ててさゆりさんの反対を向いて、ジーンズの中を直そうとした。
「・・どうしたんですか?」
「うん、いいの、これはオレの問題・・」
「お腹、痛いんですか?」
「違うんだよ、さゆりさん・・ジーンズの中って窮屈で痛いんだな、オチンチンがさ」とボクは笑って言った。
「まぁ、じゃ窮屈な所から出してあげなくちゃ、可哀相・・」
さゆりさんがボクの前に回って「いいですか?ノブさん」
と上目遣いに言った。
「うん・・頼む」
「はい。ノブさん、立って下さい」
木漏れ日の下
立ち上がったボクの前に、さゆりさんはしゃがみ込んだ。
「・・・」
そして、ジーンズのジッパーをゆっくりと下ろして、ジーンズを下げた。
さゆりさんは、目の前に現れたテントを張ったトランクスも下げた。
途端に、開放されたオチンチンが天を向いて脈動した。
「ノブさん、深呼吸してるみたいです、この・・」
「この・・何だ?さゆり」