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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ・・第2部

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そこにさゆりさんが帰ってきて、「大学の後輩だけど、私の恋人だから・・」と言い残して、ボクの部屋にまた行ってしまった。

「だって、そうでも言わないとおかしいでしょう?」
「いくらサービスが良い旅館でも、お客様と一緒には・・・ね?!」と笑った。

「じゃ・・」
「宿の人は、ボクをさゆりの大事な人と思ってあんなに丁寧だったの?」
「はい、そう思います。」
「ありゃま・・」

「そうそうさゆり、お金は?」
「・・・お気になさらずに」
そう言ってさゆりさんは、前を向いたまま横顔で微笑んで車を走らせた。
「だって、いいの?」
「・・・」
さゆりさんは、微笑むだけで答えなかった。

ま、後でちゃんと払えばいいか・・。


少し暑かったボクは「窓、開けていい?」と聞いた。

「はい、勿論」
「ノブさん、一服したかったら・・どうぞ?!」とさゆりさんは、灰皿を開けてもくれた。

「うん、今はいいよ」
ボクは、窓を少し開けて風を入れた。
風は乾いてて気持ち良かった。

ボクは窓の外を見やって、これから向かう恵子のお墓に思いを馳せた。

「お寺?」
「はい」さゆりさんも、それは同じだったらしい。

「途中でさ、お花買いたいんだけど」
「お花はお寺の庫裏で売ってます」
そうなんだ・・・ボクらは、いつしか言葉少なになり、さゆりさんは前を、ボクは助手席の窓を眺めた。

車は街の商店街を抜けて、畑の中の道を走った。

「田舎でしょう?」
「うん、でも、いいね・・・」

「退屈なだけですよ、住んでる者にとっては」
「さゆり、そう思ってるの?ほんとに・・」
「はい、退屈は退屈です。でも・・・」
私は、逃げられないから・・・と寂しそうに呟いた。

「一人っ子だから?」
「・・そうですね、宿命って言ったら、ちょっと大げさですけど」
「宿命、か・・」ボクは、その言葉が重く聞こえて、これ以上の詮索は無用だなと思った。

「見えてきましたよ、お寺」

正面の山の麓に、立派な三門が見えた。
「大きいんだね」
「この辺の人は、みんな、ここに来るんです・・」

三門脇の砂利の駐車場に車を停めて、ボクらは門を潜った。

「こちらです・・」
さゆりさんが先に立って、まず庫裏に行った。

「お早うございます」
庫裏の戸を開けて、さゆりさんが声をかけた。
「・・・は〜い!」
薄暗い奥から、若い女性が走り出て来て言った。

「お参りですか?」
「はい、お花を分けていただきたいんですけど・・」
「はい」
その女性は走ってまた奥に行き、花束を持って戻った。

「御苦労さまでございます」
「有難うございます・・」さゆりさんがお金を払って、ボクらは寺内の墓地に向かった。

墓地は、低い土塀の通用門を抜けた先だった。

「・・・ノブさん」
「うん・・」

「・・・・」さゆりさんが何かを言いかけて、止めた。
ボクも、聞き返すコトは無かった。
お寺の中は立派な木が何本もあり、蝉時雨が凄かった。
そして、木漏れ日が墓地に続く石畳に、動く模様を付けていた。

墓地に入ったすぐの所に水道があり、桶が沢山置いてあった。
ボクは桶を1つ取って水を一杯に入れ、柄杓を持った。

「ここです・・・」そこから少し歩いて、恵子の墓の前でさゆりさんは立ち止まった。

黒い御影石の墓石には、「近藤家ノ墓」と刻まれていた。
そして、その墓石の横には、恵子 二十三才と一行。

ボクがその文字に見入っている間に、さゆりさんは花瓶に挿してあった古いお花を抜いて、さっきの花束を生けた。
そして、柄杓で桶から水をすくって、墓石にかけた。

「はい、ノブさんも・・」
「うん・・」ボクも柄杓を受け取って、水をかけた。

ボクは何度もなんども、水をかけた。
桶はすぐに、空になった。

「・・・私、お線香買ってきます」
「うん」
さゆりさんが気を利かせてくれたのが、有難かった。


ボクは墓の前にしゃがみ込んで、心で恵子に話しかけた。

「納骨の時、来なくてゴメンな?!」
「何か、寂しくてさ・・耐えられそうになかったから、来なかったんだよ・・・」
「どう?お墓の中は・・・寂しくない?」

自分でもバカだな・・と思いながら、ボクは恵子に今までの出来事をすっかり打ち明けた。

「でね・・・」
「夕べ、さゆりさんとも、シちゃったんだよ・・」
恵子の幼馴染ともそんな事になって、怒ってる?と。

墓石は何も答えず、水がかかって一層黒く光ってるだけだった。

「恵子、オレ・・」

ふと、ボクのまわりにだけ影が出来た。
さゆりさんが、ボクに日傘を差しかけてくれていた。

「お線香、買ってきました」
「・・有難う」
ボクがライターで火を点けて、2人で分けて線香をあげた。

「・・・話せました?ノブさん」
「うん、全部言っちゃったよ、隠さずにね・・」
「でも恵子には・・・きっと、お見通しだったかな?!」
ボクは、無理やり笑いながら言った。

「・・・・」
さゆりさんは、笑わなかった。
「恵ちゃんのバカ・・」
「恵ちゃん1人で先に死んじゃうから・・ノブさんも私も・・」

そう言って墓石を見つめて、さゆりさんは静かに泣いた。


ボクらは、どの位・・・そうしていたんだろう。

さゆりさんに差しかけて貰った日傘を今度はボクが差して、2人で恵子のお墓の前に立ち尽くしていた・・・。

みんみん蝉と油蝉の大合唱・・お線香の香り、夏の日差しの下の墓石。

「報告したい、言いたい事は全部言ったよ」
「・・・はい」

「ノブさん・・・」
「うん、大丈夫」

ボクらは、墓地を後にした。
「分かってた事だけど・・」
「はい・・・」

恵子はあの下なんだよね・・・とボクは呟いて、振り返った。
恵子のお墓が陽炎に揺らめいた様に、一瞬見えた。




      ドライブ




土塀の通用門を潜り、ボクらは車に戻った。

「・・・ノブさん?」
「ん?なに?」

「少し、ドライブしませんか?」
「うん、いいよ」

さゆりさんは窓を全開にして、田んぼの中の田舎道を走った。

ボクは窓から顔を少し出して、青々とした稲穂が風に吹かれて波打つ様を見ながら、小さく歌った。


・・・・・アナタとボクの小指の糸が・・・


「何の歌ですか?」
「NSP、赤い糸の伝説・・」
「・・恵ちゃん、好きだったですよね」

「うん・・」

・・・・遠く離れてしまえば愛も消えてしまうと云う・・・・

「ノブさん・・」
「なに?」
「見晴らしのいい所に行きません?」
うん、任せる・・とボクはまた、窓の外を見やった。

何だろう、この感じは・・。
考えてはいたものの、やはり恵子の名が刻まれた墓標を目にした途端にボクは、心の底が抜けてしまったみたいで、泣く事も嘆く事も出来なかった。

車は暫く田んぼの間を走り、次に坂道を上りだした。
緩やかな坂道は右に左にカーブして、両脇から木々が生い茂って、まるで緑のトンネルの様だった。

「風が、爽やかになってきたね」
「はい、木の匂いがします」

やがて車は、丘の頂上の平らな駐車場に着いた。
他に、一台の車も停まっていなかった。

「あそこが、涼しいです」
駐車場の外れには東屋があり、ボクらはそこに行った。

「何か、飲みますか?」
作品名:ノブ・・第2部 作家名:長浜くろべゐ