ノブ・・第2部
「うん、有難う」
ボクは、素直に微笑むことが出来た。
「吐き出して、聞いてもらって・・モヤモヤが少し晴れたよ」
「え〜、少しなの?」
「まだ何か悩んでるの?ノブ君・・」
「ううん、いいんだ・・あとは、オレ自身の問題だからさ」
「なに〜?気になるじゃない、そんな言い方」
いいよ、軽蔑されちゃうから・・とボクは笑って湯呑みを空けた。
「美味しいね。今夜はおかしくなりそうにないし、何かいい気持ちだよ」
ボクは、空になった湯呑み茶碗を翳しながら頬杖を突いた。
「軽蔑って、何の事だろう・・」
「もういいよ、さゆりさん」
「気になるよ、何を悩んでるの?」
「言ったらガッカリされちゃう様なコトさ」
「私が・・?ノブ君に?」
「うん、こんな男だったのかってね?!」
「気になるな」
「何で?」
「だって、乗りかかった舟って言うかさ、ここまでいろいろ聞いて」
「私だって頑張ったんだから」
「うん、有難う・・感謝してるよ、さゆりさんには」
ほら、その言い方・・・カチンと来るわね!とさゆりさんは酒を注いだ。
「そりゃ、聞いたところで解決なんて私には出来ないだろうけど!」
「困ったな、さゆりさん・・少し酔った?」
さゆりさんは、ボクをジっと見つめて言った。
頬がほんのり赤かった。
「分かったわ、ノブ君」
「分かった・・って?」
「君ってそういう人なんだね!」
困った、さゆりさん、拗ねちゃったみたい。
「分かったよ、言うよ、言います」
「嫌々なら聞かないわ・・」
湯呑みをグイっと空けて、さゆりさんは言った。
「じゃ聞いても軽蔑しないって、約束出来る?」
「いいわよ?言ってみなさいな!」
「オレってね・・」
「すごいスケベなんだよ!」
「え?!スケベ?」
「うん、きっとね」
「何でそう思うの?」
「だって、恵子のコト思い出して泣きたい位苛々してたのにさ、その喫茶店の子に抱かれてね」
「好きだって言われてキスされて、ヤリたくなっちゃったんだから・・」
ボクは半分ヤケだった。
聞きたいって言うんだから聞かせてあげよう・・位の。
「ほら、軽蔑したでしょ?」
「どうしてオレって、こうなんだろうって思ってさ」
そこに女の子がいて嫌いじゃなかったら、オレって誰でもいいのかな・・・と独りごちた。
「ひょっとして・・それが悩み?」
「うん」
「は〜、何を悩んでるのかと思えば・・もう」
「え?」
あ〜ぁ、心配して損したわ・・とさゆりさんは笑った。
「そんなの、男だったら当たり前よ!」
「そのウエイトレス、可愛かった?」
「うん、そうなんじゃないかな」
「で?スタイルは?」
「ボインだった」
「そして、その子に好きだって言われてキスされて・・でしょ?」
うん・・とボクは下を向いた。
「もう、何だかんだ言っても18才なのね、ノブ君は」
「え、ガキってこと?」
「違うわよ、男の生理を分かってないって事!」
男ってね・・さゆりさんはテーブルに前のめりになって話し出した。
「どうしようもない生き物なのよ」
「もう、これは生物学的にどうしようもないんだから、いくらノブ君が悩んでも解決なんかしないわね!」
「そう、なの?」
「そうよ、当たり前じゃない!自分を好きだっていう可愛い女の子が現れて、おまけにボインちゃんで・・」
さゆりさんは、笑いながら続けた。
「そんな子に体当たりされて、その気にならない男なんて・・きっとこの世には存在しないわ!」
「ある程度だけど、女の子だって同じよ!」
「カッコいい好みの男に好きだ・・って言われたら、誰だってポ〜っとなっちゃうもん」
「ほかに好きな人、付き合ってる人がいても?」
「そりゃ、好きの度合いにもよるけどね・・」
「嫌な気はしないわね」
「それで・・ヤリたくなっても・・いいの?」
「男だったら当たり前じゃない?」
「普通はやっちゃうわよね」
「もしもポスターが無かったら・・やってたでしょ?」
うん・・としか答えられなかった。
「当然だと思うな、私は」
「でもさ・・・」
「それを思いとどまって帰っちゃうなんて・・ノブ君って、逆にストイックなんじゃない?!」
「ストイック?」
「うん」
違うと思う、とボクは答えた。
「セックスはしたかったよ、はっきり言って」
「自分でも、その時・・恵子のコトも彼女のコトも頭から追い出したんだもん、オレ」
「そうなの?考えたの?」
「うん、考えたよ、2人のコト」
「でもね、2人の事を知りながらこんなにオレの事を好きだって言ってくれる女の子がさ・・」
「一晩でいいから、思い出が欲しいなんて言ったから」
「バカだね、ノブは!」
さゆりさんは、いきなり声を荒げてボクを呼び捨てた。
「女ってね、他人に心奪われた男を自分のものにしよう・・振り向かせようって思ったら、平気でその位、殊勝な事言えるんだよ、覚えておいた方がいいよ?!」
「正直に答えてごらん?」
「一瞬、その子に同情したでしょ・・」
「うん」
「その時は、一晩だけって本音だったかもしれないよ?」
「でもね、女って君が思ってるよりも、結構したたかなもんだから・・」
やっちゃってたら今頃、彼女面して腕にぶら下がってたかもね・・と薄笑いを浮かべた。
ボクは驚いて思わず、言ってしまった。
「さゆりさん・・」
「なに?」
「ほんとに恵子の幼馴染?」
「そうよ、幼馴染・・でもね恵ちゃんとは違うから、私」
「恵ちゃんからは出てこないでしょうね、今みたいな台詞は」
「恵ちゃんは綺麗だったもん、心も体も」
「ごめん、そんな意味じゃなかったんだけど・・」
あはは、いいのよ、別に。私の事なんか・・と言ったさゆりさんは、どこか投げやりに見えた。
「何かあったの?さゆりさんも」
さゆりさんの目が真直ぐにボクを見て、言った。
「ノブ、良くないよ・・それ」
「え、何が?」
「そんな風に優しく心配されるとね・・ダメなのよ、女って」
ふ〜っと1つため息をついて、さゆりさんは酒を飲んだ。
そして、微笑みながら言った。
「ノブは、恋人に死なれた。私は男に捨てられた」
「今度は私の話し、聞く気ある?」
うん・・・とボクは頷いた。
「どこから、話そうか・・」
「あ、その前に、ノブ・・お風呂まだでしょ?」
「うん、まだだけど?」
「じゃ、部屋のお風呂入りなよ、サッパリしたら?」
「大浴場は、今夜はお休みだからね」
私、つまむもの持ってくるからさ・・・とさゆりさんは部屋を出て行った。
「風呂か」
ボクは言われた通りに、部屋の風呂に入った。
温めのお湯を入れながら、先にシャワーで頭を洗って。
湯船に半分位、お湯が溜まった所で、ボクは身を浸した。
「いい香りだな」
見れば湯船は、檜だった。
「おばちゃんちと、一緒か・・」
ボクは、京都のおばちゃんちの熱い湯を、懐かしく思い出した。
「ふ〜、上がろう」
のぼせる寸前で、ボクは風呂を出た。
それでも、浴衣を着ると汗が噴き出てきたので、袖を肩まで捲って。
団扇でパタパタあおいでいたら「いいかしら・・?」とさゆりさんが襖を開けて入ってきた。
手に持ったお盆の上には、小さなお皿に佃煮のようなものが載っていた。