ノブ・・第2部
「平気なんだろうか、オレ」
小一時間、さゆりさんは戻って来なかった。
「このまま、寝ちゃうか」
ボクは手酌でビールを飲んだ。
「あ、いけね、出世しなくなっちゃうな・・」と一人で笑いながら。
「恵子、面白いね、さゆりさん」
「きっと、いい人なんだろうな、恵子の幼馴染」
ボクはコップを電灯に透かして、恵子と初めて飲んだ夜を思い出した。
あの時は、トモコさんがさっさと撃沈してくれたお陰で「2人でラッキーってか?!」
思い出して笑った積もりだったのに、また涙が頬を伝った。
「お待たせ〜!」
さゆりさんが、襖を開けて入ってきた。
その姿を見て、ボクは驚いた。
でも、そのコトを言うより前にさゆりさんに言われてしまった。
「あれ、また泣いてる?」
「あは、ちょっとね」
いいわよ、聞いてあげるからさ・・とさゆりさんは手に提げた一升瓶を、ドンとテーブルに置いた。
「やっぱ、これでしょ?!」
「日本酒?」
「うん、この辺の地酒・・美味しいよ!」
上下ブルーのジャージで、胡坐をかいたさゆりさんにボクは言葉を失っていた。
「随分、雰囲気変わるんだね」
「だって着物って、あれは簡単なヤツなんだけどさ、仕事着なんだよね、私達には」
「だから、仕事じゃない時はリラックスしたいじゃない?」
「・ジャージで来るなんて、思わなかった?」
「うん、驚いた」
「シャワーも浴びてきちゃったから、待たせちゃったね、ゴメン!」
「大丈夫だよ、飲んでたから」
「ね、こっちにしない?」
さゆりさんは、言うが早いか一升瓶の封を切って、蓋をポンっと抜いた。
「あ、オレ・・日本酒は、ちょっと」
「なに、嫌い?」
「いや、嫌いじゃないんだけど、前に大失敗したから」
どんな?・・と言いながら、さゆりさんは二つの湯呑み茶碗に酒を注いだ。
「旅先でね、酔っ払っちゃって」
「いいじゃない、酔ったってさ」
まさか、暴力振るう訳じゃないんでしょ?と笑いながら、ボクの前に湯呑みを置いた。
「はい、取って!」
「うん・・・」
少しの間、ボクは湯のみを抱えて迷ったが・・飲むコトにした。
「先に言っといていい?」
「うん、なに?」
「オレがおかしくなったら、放っといてくれるって、約束して?!」
「あはは、どうなっちゃうのよ、ノブ君は」
「前は・・・恵子の名前呼んで、泣きじゃくりながら寝ちゃったらしいんだよね」
「いいじゃん、それも」
「え、だって・・」
「そりゃ、私がノブ君の彼女だったら、とんでもなく辛いだろうけど」
「そうだよね」
きっと、さゆりさんには何気ない一言だったんだろうけど・・・そうだよな、ボクは恭子にそんな気持ちを味あわせていたんだよな。
「私も、恵ちゃんの事で何べんも泣いたからね!」
「寂しいのは分かるもん・・・」
ボクの動揺は、さゆりさんにはバレなかった。
「でもさ、それって・・おかしい事でも何でもないんじゃないの?」
「好きな人が亡くなったら、きっと暫くは誰でもそうなるんじゃないのかな・・ね」
さゆりさんはそう言って、お酒を注いでくれた。
地酒?は、甘口だったがサラっと軽い口当たりで、調子が良ければぐいぐいいけちゃいそうな味だった。
ボクは、ゆっくりと舐めるように味わった。
見ればさゆりさんも、ゆっくりと飲んでいた。
そして、ボクの目を見てまた話し出した。
「恵ちゃんてさ」
「小さい頃から大人しくて・・」
「でも、いざとなると頼りになるって言うか、ちゃんとした事が言える子でね」
「学級会で揉めた時なんかは、最後に先生が恵ちゃんに意見求めてさ」
「私は・・こう思います、なんてモジモジ言うんだけどね、恵ちゃんが」
それが筋が通っててさ、みんな納得、みたいな存在だったのよ・・と。
「だから、クラスのみんなも一目置いてたのね、恵ちゃんには」
「中学でも高校でも、そんな感じだったの」
「でもね、高校二年の時かな、相談されたの、恵ちゃんに・・」
「好きでもない人から手紙貰って困ってるってね!」
「私・・目立つ方じゃないのに、何でだろうって言ってたわ」
私悪いけど、笑っちゃった・・とさゆりさんは、遠くを見ながら言った。
「恵ちゃん、アンタね・・自分では目立ってない積もりでも、充分可愛いし成績もいいんだから、隠れファンは多いんだよ?!って言っちゃったの」
「ノブ君・・覚えてるでしょ?恵ちゃんの目。」
「うん」
ボクは、優しく微笑む恵子の目を思い出して頬杖をついた。
「ぱっちり二重でね、見つめられると私でもドキっとする位、綺麗な目だった・・・」
「おまけに色白でね、鼻筋も、こうスっと通っててさ」
話しながら、さゆりさんの頬をひと筋の涙が伝ったのが見えた。
「大丈夫?」
「どうしても、まだ思い出すと出ちゃうよね、涙が」
さゆりさんは泣き笑いの顔で、湯呑みをグイっと空けた。
「いいの、今夜は偲ぶんだから、飲んで話して泣いて・・ね?!」
ボクにも空ける様に促して、言った。
「ノブ君と2人の時の恵ちゃんってさ、どんな感じだったの?」
「うん、やっぱり、大人しかったよ。でも・・」
「でも?」
「随分、叱咤激励されたね、受験生だったから、オレ」
「そうなんだ・・じゃ、お姉さんっぽかった?」
「そうなのかな、お姉さんみたいなトコと、年下みたいに可愛いトコと混ざってたよ・・」
「あ、そう言えば良く言ってたな」
「何て?」
「私が年上だから、しっかりしなきゃって・・」と、ボクも気付いたら泣き笑いだった。
「オレ、知らなかった」
「泣き上戸って言うんでしょ?こういうの・・」
ボクは湯呑みを置いて、一服しようと煙草を咥えた。
「ハイ」
ボクがライターを持つより早く、さゆりさんがマッチを擦ってくれた。
「有難う・・」ボクは深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
「美味しそうに吸うんだね、煙草」
「うん、美味しいって言うか、助かるんだよね」
「助かる?」
「うん、気持ちや気分を変えたい時かな・・そんな時は、煙草って・・一旦途切れるでしょ?」
「うん」
「だからさ、助かるの」
ボクはセブンスターを見つめて、灰を落とした。
「ノブ君・・・こうして恵ちゃんの思い出話すの、嫌?」
「ううん、嫌なんかじゃないよ、ただ・・」
「ただ、何?」
もう、恵子は戻ってこないんだよね、いくら話してもさ・・と言いいたかったが言わずに我慢した。
途端、堰を切った様に溢れて来る涙をボクは止められなかった。
「ゴメン、そんなに飲んでないのに」
「いいよ、泣いちゃいな?!」
少し位、眼が脹れたっていいじゃん?男なんだからさ・・と。
告白
さゆりさんは、優しかった。
「きっとさ、ノブ君・・遅れて知らされたのも辛かったんじゃない?」と言った。
ボクは何とか嗚咽を呑みこんで、深呼吸して言った。
「最初は、恨んだよ、どうしてすぐに知らせてくれなかったんだって」
「でも、トモコさんの手紙に書いてあったし、さっき、さゆりさんも言ってたけど、恵子の意思だったんだよね、知らせるなって」
「それ聞いたら、何かさ」
「ごめんね、うまく言えないや!」
ボクは、2本目に火を点けた。