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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ・・第2部

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「こう見えて私、恭子と違って結構信用あるからね〜!」
「でも、やってるコトは似たようなもんだけどさ」
話しながら、ケラケラとユミさんは笑った。

「良かった、実はね、京都にしようかなって思ってるんだよ」
「また?なんで?」
「折角だから、他の所に行ってもいいんじゃない?」

「いや、五山の送り火、ほら大文字焼きってあるじゃない?」
「あれをさ、2人で眺めたいな・・なんてね」

大文字焼きか・・・いつなの?とユミさんが聞いてきた。

「うん、来月の16日なんだって」
「ふ〜ん、そうなんだ・・分かった、覚えとくよ」

「有難う、じゃ、仕事の邪魔しちゃ悪いから、そろそろ」
「うん、オガワっちも寂しいからって浮気なんかしちゃ、ダメだからね?!」
「あ、オガワっちは、そんなタイプじゃないか」

「じゃ、帰ったら連絡するから、またね〜!」とユミさんは電話を切った。

ドキっとした。
何気ないユミさんの一言だったけど、一瞬、真由美の顔と胸の感触が蘇ってきて慌ててボクは首を振った。

そうだった・・・ボクは、もう一歩で浮気をしてしまうところだったのだ。
「弱いんだな、オレって」ボクは受話器を置いて、独りごちた。

寝台に横になって天井を見つめながら、ボクは真由美のコトを考えた。
「あれからどうしたんだろう、彼女は」

突然帰ってしまった男、一人部屋に残された女。

男が帰ったのは死んだ彼女のフラッシュバックのせいで、決して今の彼女の存在ではなかった。

「恭子への罪悪感?」それは、正直言って無かった。
ただ恵子を思い出して、悲しくて寂しくて。
「ほんと、ヒドいヤツだな、オレって」

さっきまでの浮かれた気分は、もうどこかに行ってしまっていた。
「・・・・」

暫く天井を見つめたまま、ボクは決意した。

「やっぱり、行かなきゃ」





      福島





ボクは着替えをディパックに詰めて、御茶ノ水駅に向かって歩きだした。
そして、駅に着いて福島までの切符を買った。

今更行っても、どうなるものでもないんじゃないか?とは思ったが、ボクはどうしても、今は墓の下で眠る恵子と話したくなった。

「お墓・・・教えてくれるかな、お母さん」
納骨の知らせは受け取ったのに、行くと言ったのに結局は行かなかったボクに。

「随分、冷たいヤツだって思われたんだろうな・・」

上野駅から福島行きの特急に乗った。
ボクは、シートに深く身を沈めて目を閉じた。

恵子と出会ってから、1年が過ぎていた。
「去年の今頃は・・・」

特急の揺れに身を任せながら、思い出すコトは山ほどあった。

出会って、好きになって・・愛し合って。


特急は、宇都宮を過ぎ黒磯を過ぎて、田園風景の中を恵子に向かってひた走った。

福島で乗り換えて恵子の家のある駅に着いた時、改札を出たボクの目に飛び込んできたのは、燃える様な夕焼けに染まった山並みだった。

「すごいな」

ボクは、駅前に貫禄のある旅館を見つけた。
そして今夜はそこに泊るコトにして、明日恵子の家に行くコトにした。

両開きのすりガラスの戸を開けて、声をかけた。
「ごめん下さい」

「は〜い!」
奥から、若い仲居さんが走ってきた。

「すみません、泊めて頂けますか?」
「はい、お一人様ですか?」
「はい・・・」

仲居さんの目が、ボクの頭のてっぺんからつま先まで素早く動いた。

「学生さん?高校生・・?」
「あ、大学生ですけど、何かマズイですか?」

「ううん、珍しいからさ」仲居さんは友達言葉で微笑んでくれた。

「予約・・はしてないよね?」
「はい、今着いたばかりで、ここが目に入ったもんですから」
「あ、お部屋、一杯ですか?」

「ううん、ガラガラ」と笑った。

「じゃ、お部屋にご案内します、どうぞ、お上がり下さい」
友達言葉がまずい・・と思ったのか、仲居さんは、いく分丁寧に言って歩きだした。


玄関のたたきでボクはスニーカーを脱いで、上がった。

旅館の中は思ったよりも広くて、広間には立派な革張りの応接セットが二組据え付けてあった。
でも、良く見ると、そのソファーの下にはクラシックな絨毯、その下は、畳が敷いてあった。

「ここ、昔は、畳の広間だったんですか?」
仲居さんの後をついて歩きながら、ボクは聞いた。

「そうみたい、明治の初めの頃からの旅館だからね」
また、友達言葉になってる。気さくな人なのかな?

良く磨かれているんだろう、黒光りしてる廊下を歩きながら、ボクは分不相応な宿に来てしまったんではないかと思っていた。

一泊、幾らなんだろう・・・と多少ビビりながら。

「あの・・」
「何?お部屋はここ」

通された部屋は、引き戸を開けると板張りの小部屋、その突きあたりの襖を開けると座敷は十二畳位で、正面には縁側があり大きなガラス戸越しに黄昏の庭が見えた。

部屋の右手には、また襖があり、開けると床の間付きの六畳間だった。

「ちょっと、広すぎですよね、ボク一人じゃ」
「いいのよ、このお部屋使って?!」

「でも、お幾らなんですか?」
「素泊まり?二食付き?」

「ご飯も食べたいですけど」
「じゃ、二食付きで1万円・・ううん、8千円でいいわ」

「え?!こんな高級なお部屋で、食事付きで?」
「うん、特別に学割してあげる」

「それでも、高い?」
「いや、とんでもないです!有難いです」

「じゃ、座ってて。宿帳持ってまた来るから」
もう、完全に友達言葉でそう言い残して、仲居さんは出て行った。

あの人は、一体何者なんだろう・・勝手に値引きしちゃっていいもんなんだろうか・・とボクは不思議だったが、取り敢えず座って立派な灰皿で一服した。


一服しているうちにあの仲居さんがまた、「失礼致します・・」と声をかけてから襖を開けて、部屋に入ってきた。
そして、テーブルの上に宿帳を置いて「これ、書いてね!」と言ってお茶を淹れてくれた。

住所、氏名、年齢、前日の宿泊地・・などを記入しながら、ボクは、仲居さんの目が宿帳に注がれているのが気になった。

「やっぱ、あやしいですか?気になります?」
「ボクみたいな若造が・・」

「ううん、じゃなくって」
「住所・・」
「神保町なの?」

「はい、大学の近くなんですけど」
「懐かしいな、私もその辺にいたのよ、去年の秋までね!」
「ね、どこ大?私はS大だったの」

「あ、近いです・・水道橋ですよね、確か」
「うん、そう!だから水道橋から御茶ノ水にかけては詳しいわよ?!」
「そうなんだ・・ボクはJ大の医学部の一年なんです」

「へ〜、医大生なんだ・・やっぱ大変?」
「いや、まだ良く分からないです、大変なのかどうか」

「そうだよね、新入生だもんね」
「はい」

「さてと」仲居さんは宿帳を持って部屋を出て行った。
間際に「あ、ご飯は7時半にお部屋に持って来るからね?!」と言い残して。

「こんなとこで、あの辺に住んでた人に会うなんてな・・」
「世の中、思ったよりも狭いってコトか?」

ま、いいや・・とボクは、ゴロっと座布団を枕に横になって天井を眺めた。

天井は、格子がガッシリと太くて、板も飴色に焼けていい感じだった。
作品名:ノブ・・第2部 作家名:長浜くろべゐ