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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ・・第2部

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茶蕃館を出たボクは、またニコライ堂の脇を抜けて恵子の会社の前に立った。

道々、ここで恵子とキスしたな・・・と去年の暑い昼下がりを思い出したながら。

会社のビルは相変わらず沈黙を保ったまま、ボクを見下ろしていた。

「バカ・・」
ボクは坂道を下りて歩きだした。

「オレ、酔ってんのかな」独り言を言いながら、坂道を下りきって靖国通りにぶつかった。
ボクは、何故かその交差点を左に曲がった。

夜も更けて、通りを走る車の殆どがタクシーだった。

暫く歩いて、ボクは恭子と来た蕎麦屋の前に出た。

「恵子の会社から、今度は恭子と来た店か」
「おまけにさっきまでは、別の女の部屋にいたんだよな」

最低じゃん、オレって・・・ボクは自分の頭がグチャグチャになってるコトが、いっそ気持ち良かった。

「そう、最低なんだよ、オレは」

恋人を亡くして1年も経っていないのに、もう新しい彼女を作って・・・それに今度は、別の女と寝ようとしたんだからなと自嘲しながら。

時計の針はグルグルと回りだして、過去も今もこれからも、ボクにはもう何がなんだか分からなくなっていた。

ボクは歩いた。気付いたら、汗びっしょりで首都高の高架の下に出ていた。

「ここを左に曲がったら、恵子のいた社宅だ」
首都高を見上げながら、ボクは自分で自分を止められなくなっているコトに気付いた。

「行こう」ボクは秋葉原駅を横に見て、恵子の社宅に向かった。

2人で買い物したスーパーはとうの昔に明かりを落として、深夜のシャッターで知らん顔をしていた。

先の角を左に入って、ボクは恵子がいた社宅の前に着いた。

「ゴメンね、恵子」
ボクは、辛くて納骨に行かなかった事を恵子に詫びた。

冷たい、暗い石の下に恵子のお骨が入ってしまう・・・もう、あの世とやらに行ってしまう儀式に参加出来なかった事を。

「うぅ」
突然こみ上げて来た嗚咽を止められずに、ボクは社宅を後にして来た道を戻るコトにした。

「ダメだ、オレ・・」

ボクは、無性に恭子に会いたくなった。
こんな時、恭子の胸で思いっきり泣けたら・・・とボクは頭の中に浮かんだ恭子の笑顔と泣き顔の両方に、語りかけた。

「だらしなくて無神経で、おまけにスケベでいい加減で・・・最低だよ、オレは」
「恭子、会いたいよ。会って抱きしめて欲しい、胸で泣かせて欲しい」

恵子のコトで泣いてるボクを、恭子なら受け止めてくれそうでボクはアパートへの道を急いだ。

「とことん調子のいいヤツだな、オレって」

アパートに恭子が待ってるワケでもないのに、ボクは恭子の思い出だけがあるアパートに戻りたかった。

途中でボクは、急ぎ過ぎたせいか息が上がって、気持ち悪くなって吐いた。
電柱につかまって、思いっきり胃の中のものを吐き出した。

「まだだ・・」
ボクは自販機でコーラを買って、一気に飲んでまた吐いた。

そして暫く歩いて、歩道の脇に座り込んだ。

「恭子、どこ?恭子」
自分の独り言に、笑ってしまった・・そう、いるワケないんだよ。

自分の膝を抱えて、座り込んだボクは、まだ温かいアスファルトに京都を思い出していた。

「楽しかったよな・・」

でもそれは、恵子への気持ちに蓋をしたままの旅だった。
今、ここに来て一人になってその思いに向き合ってみたら、ボクはまだこんなにも弱かった。

ボクは立ち上がって、歩きだした。
今度は、ゆっくりと。

さっき、NSPのポスターを見なかったら、ボクはきっとあのまま真由美を抱いていただろう。

でも抱いてしまっていたら、もっとグチャグチャになっていたのかもしれない、あれで良かったんだ・・・とボクは思うコトにした。

「真由美には、悪いコトしちゃったのかな」
「オレって・・思い上がりもいい加減にしろよな」ボクは、自嘲しながらゆっくりとすずらん通りのゲートを潜って、アパートに帰り着いた。

クーラーを点けっ放しだったせいで、部屋は涼しかった。
ボクは水道の水をコップ一杯飲んで、そのまま寝台に倒れ込んだ。

まだ胸は苦しくて頭もガンガンしてたけど、ボクは何も考えずに眠りたかった。

寝台にうつ伏せて、すぐに眠りに落ちた。



硬い寝台の上で目を覚ましたボクは、窓から差し込む光で、もう昼近い時間である事が分かった。

「まいったな・・・」

ボクはシャワーを浴びた。サッパリしたかった。
しかし、シャワーでも昨夜の思いを綺麗サッパリ・・洗い流すコトは出来なかった。
夢は見なかったから熟睡は出来たのだろうが、頭が重くてだるかった。

ボクは濃いアイスコーヒーを淹れて、一服した。
暫くすると少しづつ・・・頭の霧が晴れていく感じがした。

「あ、手紙書かなきゃ」
ボクは、昨夜の真由美の電話で中断してしまった恭子への手紙を書こう・・・と机に向かった。

その時、玄関のドアで、コトリ・・と音がした。

「ん?何だろう」
ドアの内側に、一通の手紙が落ちていた。

拾ってみると、それは恭子からの速達だった。
「恭子」

ボクは封を切って、かなり厚い便箋を広げた。

「アンタ、うち、寂しい・・・」いきなりこんな文句で始まった恭子の手紙には、一人で九州に帰った時の新幹線の中での心細さや、家での叱責、それ故の籠の鳥状態に対する辛さが、語り言葉そのままの北九州弁で書き連ねてあった。

しかし後半になると、合宿の作戦にユミさんの協力が得られそうなコトや、具体的な行き先の相談がしたい等、いく分明るい話題になっていき、そして最後の数枚は、ボクが心配なのと寂しいのとで、苦しくて身悶えしている・・と書いてあった。

「身悶えって、恭子は・・・全く」ボクは切々と綴られた恭子の気持ちに、いつしか微笑んでいた。

ボクは結局、3回手紙を読み返した。
途中、読みながら涙が落ちて、便箋のインクが何か所か滲んでしまった。

「恭子、会いたい」

手紙は、恭子そのままにストレートでむき出しで、それだけにボクの心に直接染み込んできた。

ボクは昨夜からのモヤモヤが、少しだが晴れたのを感じていた。

ボクは読み終わってから、レポート用紙に向かって返事を書いた。
迷ったが、昨夜のコトは書かなかった。

ただでさえボクのコトが心配、と書いて来た恭子にこれ以上心配をかけたくなかったのと、未遂とは言え・・・一瞬、恭子を忘れて他の女とセックスしそうになって、思いとどまったのはNSPだったなんて、とてもじゃないが書けなかった。


ボクは手紙に、合宿は京都がいい・・・と書いた。
8月の15日、ボクはどうしても、両親が見たという五山の送り火を恭子と見たかった。

「そうだ」
ボクは冷やし飴のコトも書いて、鴨川の土手に座って二人で飲みながら送り火を眺めたいと続けた。

「でも、また京都ってのも芸が無いかな」
「いいや、行きたいものはしょうがないじゃん!」

ボクは手紙に封をして、アパートを出て郵便局に向かった。

外に出て数分歩いただけで、汗が噴き出してきた。
「今日も暑いな・・」

郵便局の中は寒い位に冷房が効いていて、一気に汗が引いた。

恭子の手紙には、今は電話もままならないと書いてあったから当分は文通になるんだろうな・・と、ボクは切手を多めに買った。
作品名:ノブ・・第2部 作家名:長浜くろべゐ