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からっ風と、繭の郷の子守唄 第56話~60話

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 逆襲を目論んだ千尋が、康平の油断を狙っている。
そろそろ頃合だと見計らった千尋が、両手に渾身の力を入れる。
ふくよかな自分の胸が壊れ潰れてしまうほど、康平の背中へ密着をしていく。
驚いたのは康平の方だ。
突然の反撃に、畑道の真ん中でスクーターがうろたえる。
ブレーキが踏まれた車体がコントロールを失い、ネギ畑に向かって突進する。
間一髪のところで、康平がスクーターの体勢を立て直す。
速度を調節しながらようやくのことで、スクーターが道路の中央へ
戻って来る。

 「お茶目だなぁ君も。死ぬかと思ったぜ、あまりの出来事に・・・・」
 
 「それは私の胸のせい? それともあなたの下手な運転のせい?」

 「まいったなぁ、どっちも正解。
 来るなら来ると前もって言ってください、俺にも心の準備というものがある」

 「うふふ。ごめんなさい。久しぶりに悪女の血が騒いでしまいました。
 わたし。あなたと居るとなんだか変なの。
 自分を開放したがるし、冒険をしたがる私がいるの。
 いきなりお願いして、あなたのスクーターの後部座席へ乗ったでしょ。
 お尻の形が丸見えの、レギンスパンツも履きたがるし・・・・
 おしとやかなはずのわたしが、小娘みたいにウキウキしているの。
 ごめんなさい。もう、しません。
 ここから先は、娼婦のような真似はきっぱりやめて、
 元通りの淑女の姿へ戻ります。うふっ」

 「それは残念だなぁ。でも安心しました。
 あなたって人は、思っていた以上にやんちゃです。
 座ぐり糸作家というから、本当はもっと別の人種とばかり
 思い込んでいました」

 「あら、どういう意味かしら。聞き捨てなりません。
 どういう人種なら、座ぐり糸作家にふさわしいのかしら?
 聞かせてくださいな。
 貴重なアドバイスなら、今後のわたしの生き方の参考にいたします」

 「控えめな奥ゆかしさは、美徳だと思います。
 延々と糸を引く仕事ですので、忍耐力も求められると思います
 箸を正しく持てる人・・・・なんていうのも、日本的で良いと思います」

 「どれも一般的ですね。ほかに何か有りますか?」

 「アメリカシロヒトリに占領された一ノ瀬を見上げて、泣いてくれる人。
 蚕を育てるため一番短い髪型の、ベリーショートへ変えてしまう人。
 それを見られるのが嫌で大きな麦わら帽子で、顔を隠して街中を歩く人」

 「あら。そういう女性なら、私もよく知っています。
 食いしん坊で、おっちょこちょいで、人見知り屋です。
 それでも今は、恥ずかしさに耐えながら、自分なりに無理をしています。
 こんなふうに変われることを、あなたと出会って初めて気がつきました。
 素敵な出会いに、心から感謝しています。
 嬉しさとドキドキと恥ずかしさで、私は死んでしまいそうです」

 「死ぬにはまだ、少しだけ早いようです。
 桑畑の向こうに見えてきたのが、島村の養蚕農家群です。
 もう少し長生きをして、あの界隈をゆっくりと散策しましょう。
 あっというまに大正から明治時代へ、タイムスリップすることが出来ます」

 「まぁ嬉しい。ついてこいといわれれば、断る理由がありません。
 はい。喜んで着いてまいります!」