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からっ風と、繭の郷の子守唄 第56話~60話

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 しかしどんなに大切に蚕を飼育しても、病気が発生すれば作柄が悪化する。
また桑が霜でやられると、蚕を捨てなければならないことになる。
養蚕技術が未熟だった時代、常に安定して繭が生産できたわけではない。
ゆえに人々は、ことあるごとに神に祈りを捧げてきた。
「オカイコ」に身上(しんしょう)かけて、農家が取り組む仕事である以上、
願いにもまた、切実なものが多かった。
蚕室や神棚に貼られた数多くの養蚕守護の御札が、そうした想いを
象徴している。

 元日になると初絵売りが、縁起の良い絵柄を持って農家を回る。
その中に必ずあるのが「絹笠明神初絵」という絵だ。
これを買い、神棚の下に貼り付けておくとその年は、必ず蚕が
当たると信じられた。
正月15日の『小正月』に飾られる『マユ玉飾り』は、農家が飼う、
カイコのマユを模したものだ。
これもまた、豊蚕を願う行事のひとつと言われている。

 寺社の縁日には、境内で蚕具市が開かれてきた。
そこで買い求めた道具を使うと、カイコが当たると言われた。
春蚕(年間を通じて、最初に育てられる蚕)の掃き立て前には、寺社から
養蚕守護の御札が発行された。
これらの御札は必ず、神棚や蚕室に貼っておく。
上州が、全国でも屈指の養蚕県になりえたのは、何代も続いた養蚕農家の
存在と、良質の桑が育ったからに他ならない。

 養蚕は、実に不思議な仕事だ。
古い記録によれば、天平勝宝4年(西暦752年)、群馬から朝廷へ
「あしぎぬ」と呼ばれる織物が献納されている。
「あしぎぬ」は、正倉院の御物として、いまでも大切に保存されている。
また「仁田山絹」(桐生で織られた絹織物)や、「日野絹」(現在の藤岡市)
の絹も歴史書の中にその名前が残っている。
群馬は古くから、絹の産地として全国に名前を知られた。

 文献に明記されているだけでも、1200年以上の歴史がある。
長い年月、農家の重要な仕事のひとつとして、カイコが伝えられてきた。
営々と積み上げられてきた技術と知恵がさらに伝承され、さらに改良された。
こうした歴史が、明治から昭和にかけて大隆盛を極めた群馬の養蚕業と、
絹で知られる繊維産業の文化を生み出した。

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