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からっ風と、繭の郷の子守唄 第56話~60話

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 「なるほど。道理で、真剣な目をしているはずです。
 観光の方は、ただキョロキョロとするばかりで、落ち着きがありません。
 屋敷が広すぎるため、何を見たらいいのか良く分かりません。
 あなたは先程から、私の顔よりも、2階ばかりを気にしています。
 2階に何があり、どのような場所であるのかを知っている証拠です。
 先に2階へ案内しましょう。
 気がかりなことを先に片付けて、お茶はのちほどゆっくりいただきましょう」

 「なぜ、私の連れがバイクが好きで、私がここを覗きに来ると
 お分かりになったのですか?」

 「予約なしの場合、基本的に見学はお断りしています。
 遠くからわざわざ来られても、予約が無い場合は、お断りいたしております。
 ですが、唯一の例外がございます。
 オートバイ好きが来ると、ウチの旦那が許可してしまうんです。
 旦那のメガネにかなった時に限り、中を見ることが出来ます。
 あなたと、あなたのお連れの男性がよほど気に入ったのだと思います。
 最近では、珍しいことです」

 階段を上りながら、奥さんがにこやかに笑う。
(なるほど、本来は無理なのに、康平のバイク好きが突破口になったのか。
 ラッキーとしか言いようがありませんね・・・)
 人生、なにが功を奏するか、わからないものですねと、千尋も笑う。

 「このあたりは、古くからの島村養蚕農家群として知られています。
 ですが、観光に力を入れているわけではありません。
 養蚕に関して、昔から先進的な役割を果たしてまいりました。
 でもそれはもう昔のことで、今はまったくカイコを育てていません。
 蚕を育てる役目を失っても、もともと、人が住むために作られた建物です。
 手入れをしながら、維持管理していくのが受け継いだ私たちの使命です。
 子育てが終わると、こんな広い屋敷はいりません。
 残っているのは、わたしたち2人だけ。
 カイコを育てるのが終り、子育ても終わると、広い屋敷が
 無用の長物のように思えてきます」

 案内された2階部分に天井はない。
屋根までが、すべて吹き抜けの造りになっている。
原木のままの木材が幾何学的に、上手に組み合わされているのが見える。
磨きこまれた板の間と、黒光りする太い柱で支えられている蚕室が、
千尋の目の前にひろがる。
往時を物語る道具や用具類は、残っていない。
片隅に、大きな棚が有る。書類を収めていると思われる木の箱と
行李(こうり)が、静かに埃をかぶっている。