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からっ風と、繭の郷の子守唄 第56話~60話

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 『こっちだ』と当主に案内されて、康平が敷地の隅へ消えていく。
二人のあとへ着き、邸内へ足を踏み入れた千尋は、あっというまに
行き場を失う。
行き場を失った千尋が、広い庭で立ち尽くす。
右に見える石垣の上に、つるべで使われた井戸の跡が残っている。
赤く錆びきった滑車が、ポツリと空中で揺れている。

 玄関前まで、綺麗に敷石が並んでいる。
頑丈そうに見える古い格子戸が、半分だけ開いている。
草退治を思い立った当主が、とりあえず道具を抱えて、急いで出てきたようだ。
興味を惹かれた千尋がおそろおそる、近づいていく。
「誰かいますか?」格子戸から顔だけ伸ばし、そっと玄関内を覗き込む。

 人の気配はまったくない。
ほの暗い闇の中に、広い土間の拡がりが見える。
初夏だというのに、ひんやりとした涼しさが漂っている。 
農家の広すぎる土間は、炊事場として使われるほか、農作業の準備や藁打ち、
縄綯いなどの仕事にも使われる。
それらの道具類の置場としても活用される。
米や味噌などの食料貯蔵の場所としても、使用されている。     

 水田地帯の土間には、しっとりとした湿り気がある。
土足や素足で、土間を歩いたわけでは無い。
履物は屋外で脱ぎ、土間では、上履きとして藁草履などを履いてきた。 
土間の床は、山土に石灰とにがりを加え叩き固めたものだ。
寝所以上にきれいに、常に掃き清められている。


 かまどには荒神様や、かまどの神様。流しには水神様。
えびすや様や大黒様をはじめとする、もろもろの神の座が土間に
作られている。 
神棚や仏壇は座敷に設置されるが、その他の土俗的な信仰はすべて、
身近な土間に、鎮座している。

 カラリと障子が鳴る。どこかで人の動く気配がした。
磨きこまれた板の間の上に、素足の白い足が現れた。
ピタピタと、土間に向かって歩いてくる。
足音がやがてピタリと、立ち止まる。

 『あんたぁ?。早かったわねぇ、もう草取りが終わりですか。
 あら、あなたはいったい・・・・どちら様?』

 姉さんかぶりの手ぬぐいの下から、黒い瞳がこちらを見つめる。