からっ風と、繭の郷の子守唄 第51話~55話
「なるほど。道理で返事が素敵なはずだ。
あ、あらためまして、康平と言います。
母のほうから、俺の情報は、たっぷりと聞き及んでいると思います」
「こちらこそご挨拶が遅れました。千尋と申します。
生まれは和歌山県の海岸沿いにある、半農半漁の小さな田舎町です。
年齢は・・・・たぶんあなたと同じです。
ご迷惑だったでしょう。
周りから勝手に、お見合い相手だなんてまつり上げられて」
「驚きましたが。
でも実際にこうしてお会いしてみると、幸運に感謝しています。」
「感謝するのは私のほうです。
一ノ瀬の大木が、見事に蘇りました。
今日も見上げてまいりましたが、すっかり元の元気を取り戻しています。
美味しそうな葉が、枝いっぱいに輝いていました。
見ている私のほうが、逆に元気をもらいました。
なんだか感動で、涙が出てしまいそうになりました」
「消毒に関しては、俺は何もしていません。
頑張ってくれたのは、地元の消防団員たちです。
俺はただ遠くから、それを見守っただけですから」
「あなたの存在が、五六さんや消防団員を動かすきっかけに
なったと聞きました。
それから・・・・筒先で美人を、救助されたそうですね
ずぶ濡れになりながら、仲睦まじいほど密着していたというお話を
伺いました。
あいつはやはり、女に関しては、油断ならない奴だと車の中で、
たっぷり五六さんから聞かされてまいりました」
「あの野郎。言わなくてもいい余計なことまで、たっぷりしゃべりやがる」
「素敵なお友達を、たくさんお持ちで羨ましいと思います。
群馬へ来て7~8年も経つというのに、お友達と呼べる人は数人しかいません。
駄目ですねぇ。私って」
「そういえばなぜ京都から、わざわざ群馬へ移住したのですか。
特別な思い入れでもあったのですか?」
「或る日、艶やかでなんとも肌触りのよい着物に出会いました。
糸に何か理由があると思いました。
着物に詳しい知人に見てもらうと、黄八丈ではないかと言いました。
八丈島では、昭和20年代まで養蚕が盛んで、座繰りの仕事も
有ったようです。
私が出会った着物も、そうした中から織られたものです。
でもずいぶんと昔のことで、今はもう無いだろうそう思っていました。
私がその当時、絹糸のことで知っていた事といえば、
蚕という虫が繭をつくること。
その糸は、製糸工場でつくられるということくらいです。
それ以上のことは、まったく知りません。
そんなとき、群馬県に伝わる伝統的な座繰り糸のことを知りました。
今から、8年ほど前のことです。
いまは小さな工房を立ち上げて群馬を拠点に、糸をつくっています」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第51話~55話 作家名:落合順平