からっ風と、繭の郷の子守唄 第51話~55話
「やっぱり変ですか?。わたしって・・・」
苦笑いの意味を、千尋が勘違いする。
カウンターの一番隅から、ようやく千尋が顔を上げる。
帽子のつばの下から、大きなメガネをかけた黒い瞳が片方だけ現れる。
康平の苦笑を、すっかり勘違いした気配が漂っている。
「この野菜でなにか、美味しいものを作れという五六のメッセージを感じて、
思わず苦笑をしてしまいました。
あれ・・・・なにか勘違いされましたか。
ひょっとして、その新しい髪型のせいですか?」
「笑わないと、約束していただけますか?
室内で帽子を被っていては、失礼にあたります。
思い切ってお見せしますので、絶対に笑ったりしないでくださいね。
約束ですよ」
「わかりました。笑わないと約束します」
帽子のつばへ両手を置いたまま、千尋が固まっている。
ようやく決意が収まってきたのか、千尋がつばを持ち上げる。
赤みのあるブラウン色の髪が、現れる。
ショートカットの中でも、特に短いとされているベーリーショートの
髪型が現れた。
「ベリーショートにする前は、ミディアムショートでした。
それに、ややふんわりした感じのデジタルパーマをかけていました。
でも髪が長めだと、お蚕さんを育てている時、高温多湿で大変になります。
覚悟を決めて、思い切りばっさりと切ってしまいました。
でも今頃になってから似合わないのではないかと、後悔をしています。
鏡を見る度に違和感がありすぎて、本当は憂鬱になっています。
笑わないでくださいね。
たったいま覚悟を決めて、清水の舞台から本当に飛び降りらところです」
「笑いません。
お顔の雰囲気とよく合っていて、素敵だと思います。
似合っていますよ。お洒落です」
「え・・・本当に?」
メガネの奥で、千尋の瞳が一瞬だけ大きく輝く。
表情の中に、霧が晴れていくような安堵感が浮かんできた。
「はい。と応えるあなたの明るい返事も、素敵です。
ベリーショートと同じくらい、チャーミングで心地良い声の響きがあります。
どちらかで勉強されたものですか?」
「お返事美人というのがあるそうです。
最初の『はい』という言葉が、とても大切だそうです。
『はい』のお返事のしかたと、声のひびきで、その人の印象が決まります。
ヘアースタイルや、服装やお化粧などには皆さん力を入れますが、
どんなにきれいに身だしなみを整えても、『はい』という
お返事を整えなかったら、すべてが台無しになるそうです。
お返事を、明るくはきはきとしたものに変えると、接する人の
態度も変わってきます。
と、はじめてお勤めした京都の呉服屋さんで、教わりました」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第51話~55話 作家名:落合順平