からっ風と、繭の郷の子守唄 第51話~55話
「群馬の昔のことを、もっと深く知りたいと願っています。
安中市にある養蚕施設や風穴、富岡製糸場には何度も足を運びました。
絹織物を生み出した伊勢崎市や桐生市は、安中とは正反対の方向にあります。
赤城の糸の噂を聞いて、前橋市までやってきました。
もっと東にある伊勢崎や桐生なども、できれば訪ねてみたいと考えています。
利根川の南岸に、養蚕で栄えた集落があると聞きました。
そこには、赤城型の養蚕農家をはるかに超える大型の、
養蚕農家が残っていると聞いています」
「境町の島村にある大型の、養蚕農家群のことでしょう。
島村築は、群馬の『飛び地』のひとつです。
川を渡るための、渡し舟も残っていると聞いています。
近くに橋がないため、高校生たちは自転車のまま船に乗るそうです」
「あら。康平さんは、そちらの方面に詳しいのですか?」
「島村から少し下流に、河川敷のゴルフ場があります。
そのあたりは『徳川』と呼ばれています。
江戸幕府をひらいた徳川家が発祥した場所と言われています。
北に徳川家康を祀っている、世良田東照宮が建っています。
日光にある東照宮を建て替える際、初代のものを移築したと伝わっています。
養蚕にまつわる古い歴史や、建物もたくさんあります。
また、鎌倉時代から伝わる東国武将の遺跡も、たくさん残っています」
「ますます素敵。どうしても訪ねてみたくなりました。
でも、・・・・無理でしょうね。そちらへ案内をお願いするのは?」
「いいですよ。日曜が定休ですので、その日であれば俺はかまいません。
もともと休みの日は、暇は持て余していますから」
「あら、嬉しい。でも実は、もうひとつお願いがあるのですが・・・・」
千尋が、上目使いで康平を見上げる。
どうやら千尋の願いごとの本題は、そちらに有るようだ。
おずおずと見上げる千尋の瞳から、躊躇いの雰囲気が伝わって来る。
「もうひとつのお願いが・・・」と言ったきり、千尋が次の言葉を口にしない。
戸惑いの想いが、相当、深いようだ。
気配を察して先に康平が、提案を口にする。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第51話~55話 作家名:落合順平