志旬季。
そういえばこの頃になると完全にタメ口だった。しかも1日に1回、俺が返信すると30分以内には送ってくれる。完全に彼女彼氏状態だった。だが、そうなるとどうも彼女が目上の人に見えて来た。お互い同級生だと言う事は1回話した事があるが、本当に同い年なのか?と思う程、メルンは俺にとって尊敬する友達だった。だからこそ…会ってみたいと思った。だが、メルンは会う様な話になると話をそらすようになる。何故かは分からないが、メルンが嫌がっているんだし、関わらない方が良いかも、と言う判断をした。学校には相変わらず行っていたが、他人と関わる事が無いので幽霊的存在になっていた。授業中、給食中、部活中…何をやっていてもあのブログ以外、面白い事は見つからなかった。2学期の終盤に差し掛かると、期末テストが近づく。中3の2学期末テストと言えば、受験に多く関わる。何としてでも良い点を取って、推薦を貰いたい。俺が目指すのは、難関の公立高校。これまでの成績ではギリギリな気がする。だから、焦っているのだ。そんな時だった。俺にとって致命的な事が起きてしまったのは。小さい勉強机でいつものようにあったかいレモンティーを飲んで勉強していた俺はふとした拍子にマグカップを落としてしまった。割れる事は無く、勉強にも支障は無かったもののあいにくパソコンにダメージが…。まだ、マグカップの半分程は残っていたはずのカップは全部ひっくり返し、そのうちの3分の2ぐらいはキーボードやら、充電部分に染み渡りさっきまで明るかった画面が一瞬にして闇に包まれた。俺は声も出ず唯一、メルンと繋がっていた通信手段が遮断されたと思うと悲しみ、怒りさえも思い浮かばなかった。少し経って、冷静になると今度は別の問題が浮かんだ。そうだ、これはとうさんから買って貰ったパソコンだったよな。いや待てよ、壊したらもう何も買わないとか何とか…。頭の中にはやばい!しか浮かばなかった俺は急いで雑にパソコンを拭き、本棚と机のわずかなスペースに隠した。運が良かったのか、パソコンの表面にはこぼれていなく中を開かないとレモンの匂いがする事も無い。とりあえず、今は勉強だと思いパソコンの事は忘れて勉強しようと思った。だが、勉強しようと思えば思う程、メルンとの会話が頭に浮かぶ。今はどうしているだろうか?もう、メールは来ているだろうか?今、何をしているだろうか?…。インターネットが唯一の通信手段だったのに。俺は3ヶ月程知り合って、まだパソコンの世界でしか通じ合えない事に自分に腹を立てた。問題を解こうとしても無意識に手が止まってしまうのであった。その日の夜、いや深夜だったから日付が変わっていたかもしれない。トイレに行く時に廊下でばったりと、とうさんに会った。そしてとうさんは何かを悟ったかのように俺に尋ねて来た。
「パソコン、大事にしてるよな?」
「あっ、ああ。勿論だよ。」
やばい。とうさんと目を合わせられない。不思議そうに俺の顔を覗いて来るとうさんを振り切り、俺は部屋へ逃げ込むように入り寝るのに努力した。次の日からの俺の生活は散々だった。勉強でも休憩時間でもぼぅーっとしてしまうし、妄想野郎と変なあだ名までつけられた。やがて、夕方になり部活となった。俺の所属している、演劇部は部員数が少ないため文化祭は大変である。客が入れ替わりと言えども、少ないためなかなか入れ替わらない。そのぶん、劇を長くしなければいけない。すなわち一人一人のセリフが長くなるのだ。勿論、今は文化祭は無いのだが…来年の部員募集にむけての劇を考えなければならないから今は大切であり、かつ部員全員が忙しいのだ。今日も慌ただしく動く部員の群れに浮く、俺。ボヤーっとしていると怒られそうなので他の部員の手伝いをしようとするが、あっけなく断られる。そんな事をしていると手伝えと命令される。じゃあ、どうすれば良いと言うんだ。そんなとき、サポートしてくれるのが脚本家と演出家を両立させちょいちょい演技もする、天才の同級生・江田だった。いつも明るく無邪気な彼女はとても魅力的だったが、メルンには勝てなかった。
「仲谷くーん!もうすぐ、出番だからねー!」
いつもの通る声が響く。俺は劇の邪魔にならないようにOKサインを出した。たちまち、笑顔になる江田。そんな彼女を見ている余裕も無く、俺は出番へとなった。
今、演劇部が取り組んでいるのは「トリスの夢」という作品だ。男女4人ずつで構成されるこの劇は約80分かかる。ちょうど8人居る、(顧問も含め)という理由で急に始めた劇だったが俺的にはこの3年間の演劇活動の中での集大成でもあり、一番気に入っている作品である。だからこそ、部員に最初で最後のお願いをし見事主役を演じる事となった。いつも脇役だった俺が精一杯演技を発揮出来るこの場所。主役と言う責任を感じながら、劇に励む。セリフは長いのから短く細かい動作まである。人前に出るのが苦手だったから、無理やりかあさんが進めた部活でもあった。最初の1年は演じると言うのが死ぬ程辛く、先輩からも心配されるぐらいだった。演技のうまい江田なんかは一年の頃から主演を普通に取っていて、勿論今回も主役の次に大事なヒロイン役。脚本もやっている為、演出は顧問がやってくれるのだが…やはり江田の方が良いのかもしれない。演出がアナログ過ぎるのだ。ビデオにしようとすると、画質は悪いわ、音質は悪いは…結局最後の編集は放課後残って江田がする事となった。後ろでおーと小さい歓声を上げる、顧問と俺。
「はいはい、終わりましたよ。どうですか」
「おー、ごめんね。先生、何にも分からなくて」
頭をかきながら、感謝する顧問。
「本当ですよ。もう私、帰りますからね」
そう言って、帰ろうとするので俺もついて行く。
「何でついてくんのよ。受験、忙しいんでしょ」
追っ払おうとする。普段なら「はい」と大人しく済む訳だが今日はそうとは行かない。
「いや、ちょっとお願いしたい事があってさ」
「何?早く終わらしてね」
気遣ってくれているのか、早く帰りたいのか分からないが事情を説明した。
「江田なら機械詳しいから、パソコンの直し方分かると思ってさ。」
そんなこんなで、江田が直してくれる事となり家まで来てくれた。
「これー、なんだけどさ」
「うわー。ひどいね、こりゃ」
俺が言ってから即答だった。かなり眉間にしわを寄せている。
「内部から故障してるから、持って行かないとダメだね。保険書とか無いの?」
親からのプレゼントだ。俺は持っていなかった。それから、30分も点検してくれたんじゃないだろうか。念入りに確かめる江田を、俺は見ているだけしか出来なかった。
「そっか。コレが壊れたからボーッとしてたのね」
ボーッとするのはいつもの癖だが、ボーッとすると言うよりも直ぐにメルンの事を考えてしまっている自分が居た。
「おーーーーい!」
「あっ、ああ」
またうっかり、自分の世界に入ってしまった。
「このパソコンの一番必要なデータは?」
構わず質問して来る江田に、俺は即答した。
「勿論、インターネットが一番大事だよ」
「そんなに大切なデータなのね。それなら、尚更私なんかに頼らないで専門店行ってちょうだいね。じゃあね!」