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シーラカンス
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novelistID. 58420
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狂人、山内義昭の供述

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そして、いつもは酒に酔って赤ら顔で淀んだ目をしていたのに、その日に限ってはシラフなのでした。
「よう、坊。元気だったか?」
義父は振り返りながら笑いました。それを見た僕は何故か今まで感じたことのない感覚を覚えました。
まるで義父が義父ではないような。体だけを残して、魂が別の人と入れ替わっているような、そんな気がしたからです。
それはこの3ヶ月間、彼に会っていなかったせいというだけでは、説明がつかない違和感でした。

僕は瞬間的にこれは義父ではないと判断しました。そしてその時、唐突に母がコロッケをつまみながら言った「動物は動物を食わなきゃ生きていけん」ということ、その一連のエピソードを思い出しました。
思い出すというよりも、それは、僕の心の隅にいつも携帯していたものですから、それが突然、目の前の光景を奪って映画のようにビジョンとなって現れた、と言った方が正しいのかもしれません。

映画の再生が終わった時、僕はお腹が、本当にお腹が空いていたのを思い出しました。
だから、思いました。義父を殺して食べようと。これは義父ではない。だから、殺してもいい、と思いました。

義父の横に回り込んで、戸棚の内側の包丁入れに入っていた包丁を抜きました。そして、躊躇いなくそれを義父の胸に突きたてようとしたのです。
しかし、所詮高学年とはいえ、小学生です。大人にかなうはずもありませんでした。
「何の真似だ。坊」
刃を突きたてようとした僕の両手を片手で握ると、そのまま包丁は義父に取り上げられ、後方の床に投げ捨てられてしまったのでした。
僕は尻餅をつきました。義父でないものが僕を薄目で睨み、見下ろしています。僕は殺されると思いました。報復される、と。そして、それを覚悟して目をぎゅっと閉じました。

しかし、その時。
「あれ、どうしたん二人揃って」
母でした。ずいぶん派手な服で、化粧もしていました。知らない匂いがしました。
久しぶりの家族の対面は、どうも酷薄で奇妙なものでした。そしてある種滑稽でした。
尻もちをついている僕。それを見下ろす義父。その後ろでそれを不思議そうに見つめる母。
この光景の中には三者三様の思いがあったと思います。それはきっとバラバラで、家族としてのまとまりはなかったことでしょう。
「ん?これなんなん?」
ふと、母が床に転がっていた包丁に気が付きました。
瞬間的にハッとなり、身を固くしました。それだけで企んでいた悪事がばれてしまったような、そんな気分になったからです。
「坊が俺を殺そうとしたんだよ」
父らしき人物は僕から目を離さずに言いました。まるで、その視線で、僕の動きを封じれるとでもいうかのように。まっすぐに、冷たい目を、僕に向け続けていました。
「そうなん、あんた?」
母がどんな顔をしているかと思うと怖くて、僕はなかなかしっかりと顔を向けられませんでした。
ただボソボソと
「…お腹空いてん…だから」
と、側から聞いたら何が言いたいのかよく分からない言い訳を呟きました。
「ふーん」
この時の「ふーん」に含まれていた感情を、僕は今になっても判別することができません。それは全く興味がないようでもありましたし、興奮を隠しきれないようでもありました。
しかし、そのすぐ後、母はとんでもないことをしたのです。
「あんた、腹減ってんやなぁ…」
そう言って、おもむろに義父に近付き、背後に立ちました。次の瞬間、義父は目玉を落とさんばかりに目を見開き、ウッと呻いたかと思うと、膝をついて、四つん這いになりました。
その顔は信じられないを通り越して、何が起こったのか分かっていないようでした。
義父を見上げていた僕も、一体全体何がどうしたのか皆目見当もつきませんでした。
瞬間的に母を見ました。なんとその手には僕が落とした包丁が、血にまみれて握られていたのです。

母は僕を見てはいませんでした。義父を、義父の背中だけを本当に恐ろしい形相で睨んでいました。
そして、「フン!」と鼻息を吹き、まだ力尽きていない義父の背中に二度三度と刃を突き立てていきました。

僕はというと、尻もちをついたままお漏らしをしていました。今さっきまで、自分が義父にしようとしていたこと、それを目の前で見せ付けられたことに、血が顔や服にとんでも、怯むことなく、まるで何かに取り憑かれたように包丁を抜き差しする母の様相に、私は心底恐れ慄いていました。

全てが終わり、そこには大の字で背中から血を垂れ流すだけの袋となった「義父」が横たわっていました。
母は握っていた包丁を床に放ると、義父の足元にしゃがみこみました。
「あーあ、こうなってしまったら、人間しまいやなぁ…」
母はそう言いながら、じっと義父を見つめていました。そこに僕の存在はありませんでした。
その空間にはまるで二人の他には誰も何もないかのようでした。母の視線は義父の顔を捉えているようで、それより別の次元かはたまたただ虚空を見ているようで判然としませんでした。

ひどく長い、静寂の時間でした。
それまで微動だにしなかった母が、ようやく震え続ける僕の存在に気が付いたのです。僕は失神寸前でした。
母が義父を見つめ続けている間、僕はずっと緊張という張り詰めた一線に縛り付けられ、あと一押しでどうにかなってしまうだろうと確信していました。濡れたズボンの冷たさよりも、自身の体が冷えているように感じました。
母は何を思い付いたのか、僕をチラと見てから、義父の足元に移動しました。そして倒れた義父のスラックスの左脛をめくり上げると、
「そう言えばあんたお腹空いとる言うとったな。この人、食べるか?」
そう言って、妙に生白く光るふくらはぎを足首を持ち上げて僕に見せ、ニヤッと笑いました。

その後のことはよく覚えていません。
多分気絶してしまったのでしょう。
目が覚めた時、僕は同じ場所にいましたが義父の死体は綺麗さっぱりなくなり、血の痕も残っていませんでした。

しばらくすると、どこからか母が帰ってきましたが、どうにも普段通りで、僕が先ほど体験したことを言っても「はあ?夢でも見たんちゃう?」と言って、全く相手にしてくれませんでした。

しかし、その日から義父が二度と帰って来なくなってしまったのは事実です。
そして、あの凶器に使われた包丁もどこかへ消えてしまいました。
母に尋ねても知らぬ存ぜぬを貫き通されました。

母とはその後本当に何もなかったかのように生活していましたが、僕には未だ母が恐ろしくてならないのです。

そして僕はそれ以来、台所に立つことが出来なくなりました。
台所の戸棚の中に…無理やりに押し込められた義父がいるような気がして…。






警察署内部の取調室は、夏だというのに異様な冷え込みだった。
滝沢は容疑者山内義昭の身柄をもう一人の刑事に任せると、取調室を出て頭を抱えた。
「あー、もうやってらんねぇよ!」
「取り調べ、お疲れ様でした。どうですか?滝沢さん。供述取れました?」
戸口で滝沢が出てくるのを待っていた年若い刑事は、滝沢の労をねぎらうように言った。
「山田、次はお前やってくれよな。俺はもう疲れたわ」
滝沢は右手で自らの頭をくしゃくしゃにしながら言った。