からっ風と、繭の郷の子守唄 第46話~50話
「あいつは・・・・長髪の、おせっかい娘だ」
五六のもとへ駆け寄った康平が、雨合羽を奪い取る。
雨合羽へ腕を突っ込みながら、ホースの最先端へ向かってダッシュする。
男性団員が両腕でホースを抱え込みながら、必死で放水の角度を守っている。
放水時の最初の衝撃が、男性団員の手首を痛めてしまったようだ。
消防が用いているホースは、カンバス地の丈夫な布を筒状にしたものだ。
内部は、補強のゴムがコーティングしてある。
きわめて高い圧力が掛かることから、筒の状態が維持できず
水を通していないときは、重させいで、平たく潰れてしまう。
ポンプから水を送るホースのことを、アタックラインと呼んでいる。
このアタックラインを、2人で延長していく。
長さ20メートル、直径が65mmのホースに水が入ると、重量は
60キロを超える。
ホースの重さと合わせれば、総重量は75キロに達する。
このホースを2本、3本と連結して放水地点まで伸ばしていく。
ホースの径が増すほど、水の重量は重くなる。
水圧が上がれば、必然的にノズルへの反動も激しいものとなる。
この2つの数字が上がれば上がるほど、ライン保持する消防団員たちの数も
同時にまた増えていく。
「交代するっ。大丈夫かしら、手首は!」
長髪美女が、激しく振動している筒先へ手を伸ばす。
「無理すんな。俺がやる」美女の手の上へ、康平の両手が覆いかぶさる。
水滴が激しく降り注ぎ中、美女が驚いた顔で康平を振り返る。
「何しに来たの、あんたまで。
五六に言われたばかりでしょう。ど素人は引っ込んでいろって!」
「悪かったなぁ。長い髪のおせっかいさん。
これでも五六とは同期の入団で、まもなく10年をこえる消防団員の一人だぜ。
ただし仕事の都合で、火事場へ顔を出したことは只の一度もない。
だが、ポンプ操法も一応は身につけている。
消防団員だが、まったくの、幽霊団員の一人というわけだ」
「了解。そういうことだから、一番員(最先端の担当者)くんは、
後方へ下がってよし。
痛みに堪えてよく頑張ったわね。あとはまかせて私たちに」
「私たちという意味は、幽霊団員の手助けを認めてくれたという意味か」
「他にはいないでしょう。康平くん以外に」
「ありがたいね。どうやら俺たちには、少なからぬ縁があるようだ」
上空から舞い落ちてくる飛沫が、風に運ばれて顔を横殴りにしていく。
農業用のマスクとメガネを激しく叩いて、水滴が砕け散る。
ガスに変わった消毒液が二人の周囲に立ち込めて、
さながら濃霧のようにひろがる。
「5分は長いよな・・・支えているだけで、手がしびれてくる」
「もっと長くてもいいわよ。康平くんといっしょなら。うふふ。
でもこんなことがばれたら、美和子に、こっぴどく怒られるかもしれません。
それにしてもこの筒先の振動は、強烈だわね」
水滴を浴びて曇りはじめたメガネの奥から、長髪美女が
かすかな笑みを、康平に見せる。
(強いよなぁ女って・・・・
びしょ濡れの修羅場だというのに、余裕で笑ってやがる。
しかしこいつ笑うと意外に可愛いなぁ。
今日までまったく、気がつかなかった)
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第46話~50話 作家名:落合順平