からっ風と、繭の郷の子守唄 第46話~50話
ポンプ対決のときとは打って変わり、全員が黙々と準備をすすめる。
大規模な消毒には、それほどまで危険性がつきまとう。
「本番だぜ」そう言いながら五六が、康平へマスクとメガネを手渡す。
「俺の手伝いは?」と五六に問いかけると、「素人は引っ込んでいろ」と
五六が笑顔を見せて拒絶する。
「2000リットルのきわめて強力な消毒液が、これからたった5分で霧に変わる。
想像を絶する光景が、これから俺たちの目の前に出現する。
役者は全員揃っている。、条件もぼちぼち整ってきた。
お前さんはここで結果を見届けてくれ。それがお前さんの役目だ。
消毒は俺たちに任せろ。必ず、一の瀬の大木を助けてやる。
じゃあな、行ってくるぜ」
五六が、運転席のイチローへ合図を送る。
エンジンが唸りはじめる、2000リットルの水槽を抱えた赤い車体が、
小刻みに震える。
じわじわと圧力をあげ、放水の準備に入っていく。
2人ひと組の男女が、ホースを抱えながら放水地点へ前進していく。
「接近し過ぎるなよ。
筒先は天に向けて、消毒液は、放物線を保って真上から落とせ。
間違っても水平に放水するな。
横からぶつけたら、勢いで、アメリカを周囲へ撒き散らすことになる。
それだけは避けてくれ。
いくぞ。たったの五分間の真剣勝負だ。
何があっても最後まで、持ち場で持ちこたえれくれよ」
「放水開始!」と五六が合図する。
先端の筒先から、白濁した消毒液が元気よく放たれていく。
勢いよく飛び始めた消毒液は、天に向かって大きな放射線を描く。
頂点に達した消毒液が、細かく砕けていく。
飛沫に化した消毒液が、滝のような勢いで大木の頭上へ落ちていく。
最先端で筒先の角度を維持していた団員が、突然、大きな悲鳴をあげる。
悲痛な声をあげるが、激しい水音にかき消されてしまう。
激しく降り落ちていく水滴と、エンジンの騒音のために指揮官の五六の耳には、
団員の悲鳴が届かない。
中間部でホースを支えていた団員が、先端部の異常に気が付く。
華奢(きゃしゃ)な身体が立ち上がる。
後方を振り返り、身振りで応援を要請したその瞬間、細い体がためらいも見せず
ホースの先端に向かって走り出す。
見覚えのある背中姿につられて、思わず康平が立ち上がる。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第46話~50話 作家名:落合順平