からっ風と、繭の郷の子守唄 第46話~50話
「おう。完膚なきまでの、大差での完敗だ。
男に二言はない。最初からそういう約束だ。好きに段取りしてくれ。
ただし、こちらにもひとつだけ条件がある。
これから放水するのは、危険性の強いスミチオンの2000倍の消毒液だ。
最先端の筒先だけは、男に操作させてくれ。
間違って消毒液を浴びて、なにかあってからでは遅すぎる。
美女を早死させてしまうと、彼氏や亭主たちに合わせる顔がなくなる。
ついでに言っておくが、今日の飲酒は御法度だぞ。身体にも悪い。
各自、風呂へ入りよく全身を洗うこと。
もうひとつ。いくら誘われても今夜だけは、夫婦のエッチに及ばぬように。
子作りは明日に回して、今日は静かに就寝すること。
農薬散布には、臆病すぎるほどの用心と注意が必要とされる。
それでは、女性たちを中心に各自、配置についてくれ。
おお~い。イスラエルのイチロ~。こっちへタンク車を持って来い!
ただしサイレンだけは、絶対に鳴らすんじゃないぞ。
またどこかで、余計な邪魔者が入るからな」
「ありがとう、ナイスな配慮です。五六君。
流石に、双子姉妹の父親です。女の気持ちもよくわかっていますねぇ。
折角の機会です。男女のペアで消毒作業といきましょう。
農作業は、夫婦ふたりで力を合わせる二人三脚の仕事です。
どうする五六君。あたしと組んで、参加してみる?」
「やめとく。
お前さんに後ろからまとわりつかれたら、俺様が発情しちまう。
格好の良いその尻や、大きな胸が触れてみろ、俺の欲望があっというまに
爆発する。
カミさんと、可愛い双子に離縁されることになる。
せっかくだが、今日のところは自重しよう」
「わかった。了解。
じぁ、近いうちのお誘いを、あらためてまた待つことにします。
うっふっふ」
長い髪を制帽の内側へ丸め込むと、黒髪美女が、濃厚なウインクを見せる。
五六に背を向け、丸いお尻を揺らして、持ち場へ向かってかけ去っていく。
入れ替わるようにして、イスラエルのイチローがやって来る。
水槽付の消防車が到着する。
水槽付きの消防自動とは、災害現場へ到着すると、その場で放水ができる
タイプの消防車両のことだ。
初期段階の消火や、水利が不便な地域などで特にその威力を発揮する。
水槽の容量が1,500リットル以上、2,000リットル未満の車両を、
水Ⅰ-A型・水Ⅰ-B型と呼ぶ。
2,000リットル以上の水槽を積載した車両は、水Ⅱ型と呼ぶ。
「おい、イチロー。
スミチオンの2000倍消毒液を作るから、水槽を満杯にしておけ。
それからスミチオンを混ぜ込むがお前、どれだけの量を入れれば
2000倍になるのか、ちゃんと、分かっているんだろうな」
「親方、実に簡単ね。1リットルね。それでばっちり完成ね!」
「おっ。ろくに日本語ができない割に、計算だけは出来るようだな。
その通りだ。1リットルだけを測って、タンクに投入をしてくれ。
間違うとあとで大変なことになるからな。
くれぐれも気をつけろ。イスラエル!」
「ガッテンね。承知だね。了解しやした、親方。すべては俺に任せろ」
「おい、五六。
タンク車へいきなりスミチオンを放り込むのか。
大丈夫か、そんな乱暴なことで」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第46話~50話 作家名:落合順平