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からっ風と、繭の郷の子守唄 第46話~50話

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 梅雨時期を直前にした群馬は、真夏へ向かう気温の上昇がはじまる。
春蚕が一段落すると、田んぼ仕事が農家を待っている。
冬場に田んぼで小麦を生産しているこの地方では、5月の末から
6月中旬にかけて、農作業がピークをむかえる。
水田で完熟した小麦の収穫と、苗代作りと田植えの準備が並行してすすむ。
春から夏へ変わり始めるこの季節。
農家にとっては、仕事が集中する繁忙期になる。
蚕の世話と畑や田んぼの準備で、目が回るような忙しい毎日を迎える。

   
 五六の指揮のもと。無事に消毒作業を終えた一ノ瀬の大木は、
一週間もしないうちに、すっかり元の桑としての威容を取り戻した。
枝に残っていたアメヒトの巣もすべて消毒の翌日に、力尽きて地面へ落下した。
母の千佳子により、すべて一網打尽の運命となりその日のうちに、
ことごとく焼却されてしまう。
消防団をまきこんだ大騒動も、10日も経たないうちに噂にもならなくなった。
誰もがそんな騒動を忘れかけた頃、日暮れの迫った呑龍マーケットへ、
一人の美女が、五六に案内されて姿を現した。

 入口のガラス戸を乱暴に開け放したのは、スーツ姿の五六だ。
『ようっ』髪の毛をポマードで固めた五六が、上機嫌な笑いを康平に見せる。
これを見てくれと言わんばかりに、ぐうんと背広の胸をそらす。

 「おう、五六.先日は世話になった。どうしたんだそのスーツ姿は。
 ヤクザの出入りじゃあるまいし、お前さんが正装すると、
 堅気に見えなくなるから不思議だな。
 なんでだろう・・・・遺伝子的に、遊び人と侠客の血が濃すぎるせいかな?
 先祖はやっぱり誰がどう見ても、博奕打ちの国定忠治だろう」

 「ばかやろう。勢多郡の一帯は、大昔から大前田一家が仕切ってきた。
 今日は正装して、ヤクザの集会へ行くわけじゃねぇ。
 これから俺の愛する可愛い双子ちゃんの姉妹が、2年ぶりのピアノ発表会だ。
 あなたもちゃんとおめかしをして、後から来てねと言う奥さんの命令に、
 素直に従ったまでの事だ。
 しかし、やっぱり変か?俺のこの格好は。
 俺的には気に入っているんだがなぁ」

 「冗談だよ。スーツはよく似合っているし、恰幅(かっぷく)もいい。
 忙しいはずのお前さんが、こんなところで道草とは珍しい。
 わざわざやって来るということは、俺に何か特別な用事かな?」

 「その通りだ、察しがいい。
 わざわざやって来たのには当然、理由がある。
 偶然だが、一ノ瀬の大木の下で、感動してむせび泣いている女を見つけた。
 普段なら通り過ぎてしまうところだが、気になって車を停めた。
 もしかしたらと思ったが、やっぱり、
 お前さんの見合い相手の千尋さんだった。
 ついでだから、畑にも寄ってきた。
 あるったけの野菜を収穫して、千尋さんと一緒に運んできた。
 というわけだから、採りたての野菜も置いていくが千尋さんも置いていく。
 そいつを使って何か、千尋さんに作ってやれ。
 じゃあな悪いなぁ。もう発表会が始まる時間だから、俺は行く。
 あ、ひとつだけ断っておくが、千尋さんは普段着のままだ。
 俺が強引に、かつ、無理矢理に拉致してきたため、顔もすっぴんのままだ。
 じゃあな。あとで寄るから、とりあえずこれで帰る」